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「まだ転校してきたばかりなんだし、落ち着かないわよね。どう? 少しは学校に慣れた?」
「う、うん。とりあえずクラスの子には……」
「それはよかった。他の子とは縦割り班でのレクリエーションをやっていくうちに仲良くなるだろうから、あせらなくても大丈夫だよ」
「縦割り班……そんなのあったわね」
「なつかしいでしょ。あ、縦割り班といえば……」
話ながらあんず先生がかばんからプリントを出す。お母さんと二人でそのプリントに顔をのぞきこんでみると、そこには「夏合宿のお知らせ」と書かれていた。
「紫ちゃんは知ってると思うけど、この学校は七月に夏合宿が行われるの。全校児童で一泊するイベントで、宿泊だけでなくみんなで夕食を作ったり、キャンプファイヤーをしたり、レクリエーションをするの。夕食は保護者の方にごちそうするから、児童にも保護者にも人気のイベントなのよ」
「すごーい! 楽しそう!」
前の学校ではそんなイベントがなかったので、話を聞くだけでわくわくした。だが、最初はニコニコしていたあんず先生が、いきなりハッと青ざめた顔で息をのんだ。何かよくないことを思い出したみたいだ。
「どうしたの?」
尋ねてみると、あんず先生は精神統一するように目を閉じ、深呼吸をした。突然改まるあんず先生に、私は途轍もない不安を感じた。
そんな中、あんず先生は意を決したように、お母さんに話しかけた。
「紫ちゃん、よく聞いて。これまでは近場のキャンプ場に宿泊してたの。でも、今年は──二十年ぶりに小学校の校舎に泊まることになったわ」
あんず先生がそう言うと、いきなりお母さんは机をたたいて立ちあがった。
「……どういうことか、わかってる?」
お母さんのするどい眼差しに息をのむ。けれども、どんなにお母さんの気が立っていようとも、あんず先生は落ち着いていた。
「あの校舎はもうすぐ壊される。その最後の思い出作りということで、宿泊場所があそこに決まったの。PTAも満場一致での決定。昨年度決まったことだから、変更されることはないと思う」
あんず先生が真剣な表情でお母さんを見つめる。一方で、お母さんも負けじとあんず先生のことをにらみつけていた。
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