橙樹くんと黄菜子ちゃん

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「あれ、陽色だ。こんなところで何してるんだ?」 「朝読書で読む本を探してたの。橙樹くんも?」 「俺は図書委員だからな。今日は図書当番なんだ」 「ええ! 橙樹くんが図書委員って意外! 本、好きだったの?」 「好きじゃねえよ。でも、人数少ないから全員委員会に入らされるんだ。陽色もそのうちやらされると思うぜ」 「あ……なるほど……」  その言葉に深く納得してしまった。おそらく棚に置かれた図書委員のコーナーは前任から更新していないのだろう。どうりで「冬におすすめの本」から進んでない訳だ。 「言っとくけど、俺に『おすすめの本』とか聞くなよ。そういうのは黄菜子とか、本が好きなやつに聞いたほうがいい。俺は本がきらいなんだ」  そう言って橙樹くんは口をとがらせながら、入り口の手前にあるカウンターへと歩いていった。 「そういうことなら……」と隣にいた黄菜子ちゃんに話を振ろうとしたが、いつの間にか黄菜子ちゃんの姿はなかった。  気づけば、声をかけようと思っていたあの髪の長い女の子もいなくなっている。話しこんでいる間に図書室を出ていったみたいだ。そういえば、私は本を借りにきたのだった。私もそろそろ本を探そう。  そう思って改めて本棚を見ていると、とある本が目に入った。  背表紙にはタイトルも作者名も書いておらず、ただ茶色の表紙をしている。古い本のようで全体的に黄ばんではいるものの、誰も読んでいないらしくページもカバーも新品同様にきれいだ。この本はなんだろう。  不思議に思いながらページをめくろうとすると、また服のすそが引っ張られた。振り返ると、いなくなっていたはずの黄菜子ちゃんが立っていた。気恥ずかしいようで、どこからか持ってきた本で顔をかくしている。 「この本……面白いよ……」  と、黄菜子ちゃんは顔をかくしていた本を私に差し出す。持ってきてくれた本は表紙に少年と竜が描かれたファンタジー小説だった。タイトルは聞いたことがあるものの、読んだことはない。 「これを私に?」  尋ねると、黄菜子ちゃんは頬を赤くしながらうなずいた。私のためにわざわざ本を探してくれた。その気持ちが嬉しくて、私は目を細めてその本を抱きしめた。 「ありがとう。私、この本借りるよ」  そう言うと、黄菜子ちゃんは照れくさそうに私から視線をそらした。  視線をはずした先に視界に入ったのだろうか、彼女も私の手の中にある不思議な本の存在に気づいた。 「それ、何?」 「これ? そこの本棚で見つけたの」 「黄菜子、この本知らない……黄菜子も見ていい?」 「いいよ。一緒に見よう」  私は黄菜子ちゃんにも見えるように、その場でしゃがみこんで不思議な本のページをめくってみせた。
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