橙樹くんと黄菜子ちゃん

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 灰司くんのあとを追ってたどり着いた先は五・六年生教室だった。  結論から言うと、黄菜子ちゃんはそこにいた。いや、正しくは、黄菜子ちゃんの体を借りた「誰か」が。 「面白いなあ……面白いなあ……」  同じ言葉を何度もつぶやきながら、黄菜子ちゃんはあの茶色の本のページをめくっていた。  異様な光景だった。ひたすらページをめくる姿も。大きく目を見開かせながら、頬を引きつらせてニタニタと笑う顔も。いつもとかけ離れた彼女の姿に私も橙樹くんも唖然とした。  一方、灰司くんはこんな黄菜子ちゃんを見せられても真剣な表情を保っていた。 「やはり取りこまれてたか」 「取りこまれてたって、どういうこと?」  灰司くんに尋ねると、灰司くんは無言で黄菜子ちゃんが持っている本を指さした。そこで私は、また目を疑うような光景を見てしまった。あの茶色の本から紫色の煙が出ているのだ。 「あの煙は……」 「多分、黄菜子さんの魂を吸っているんだ」 「魂を吸う……?」  良くない響きに体がぞわぞわした。ひょっとすると、こうして黄菜子ちゃんの魂が本に吸われたことによって、彼女は変わってしまったのだろうか。  このままだと、黄菜子ちゃんが消えてしまう。そんな恐怖を抱いていると、橙樹くんがあせった様子で大声を出した。 「おい黄菜子! やめろ!」  彼が声を荒らげると、ページをめくっていた黄菜子ちゃんの手がとまった。そして顔をうつむいたまま、おもむろに席を立ったのだ。 「……邪魔するの?」  彼女から発された声は黄菜子ちゃんとは思えないおぞましいものだった。  彼女の声じゃない。いや、彼女『だけ』の声じゃない。男の人の声、女の人の声、知らない女の子の声、そして男の子の声。いろんな声が混ざって聞こえてきた。ここにいるのは、私たち四人しかいないのに。 「いけない! 黄菜子ちゃんの体に別の魂が取りこまれ始めてる!」 「ええ! どうすればいいの!?」 「あの本をなんとかすればきっと──あ!」  ほんの少し目を離した隙に、黄菜子ちゃんは机の上に置いてあった本を取り、ギュッと抱きしめるように本をかくまった。 「いやだ! これは渡さない!」  目を見開きながら、黄菜子ちゃんが叫ぶ。歯をむき出し、興奮したように「フーフー」と威嚇する姿は獣に近く、手を伸ばすだけで噛みつかれそうだ。こんな状態なら、迂闊(うかつ)に近づけない。 「なんとか本だけでも取り戻せれば……」  歯を食いしばり、グッと拳を作る灰司くん。そうしている間も黄菜子ちゃんの顔はどんどん青白くなり、目も虚ろになっていた。事態は一刻を争うのは私にもわかる。でも、灰司くんですら手出しできないのに、私はどうすれば……。
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