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「確かに黄菜子ちゃんは人より内気かもしれない。人見知りも激しいかもしれない。でも、橙樹くん、言ってたよ。『それが黄菜子だろ』って。橙樹くんは、黄菜子ちゃんのことをずっとわかってたよ。元の黄菜子ちゃんに戻ってほしいって、一人でずっと思い悩んでたんだよ」
「お、おい、陽色……」
橙樹くんが話に割りこんだ矢先、いきなり黄菜子ちゃんが苦しそうに顔をゆがめた。「うるさい」「やめろ」いろんなもがき苦しむ声が聞こえてくる。そんな彼女の姿を見て、橙樹くんは意を決したように黄菜子ちゃんに語りかけた。
「戻ってこいよ、黄菜子。俺は……そのままのお前がいい」
二人で話しかけているうちに黄菜子ちゃんがどんどんうなだれていった。その様子を不安に思っていると、やがて彼女はゆっくりと私に向けて顔をあげた。
「……ありがとう」
その声はまちがいなく黄菜子ちゃんの声だった。眼差しだってさっきまでのギラギラしたものから変わっている。素朴で優しい、私が知っている彼女の眼差しだ。
「黄菜子ちゃん!」
「黄菜子!」
橙樹くんと一緒に名前を叫ぶと、黄菜子ちゃんは「ううぅ」とうなり声をあげ、両手で頭を抱えてその場に座りこんだ。
その時、黄菜子ちゃんが抱えていたあの茶色の本がポロッと腕からこぼれ落ちた。
「今だ!」
途端、これまでだまっていた灰司くんが声をあげ、ポケットからあのお札を取り出した。ただし、彼が出したのはこの前ワン太郎を召喚した青色のお札でなく、黄色のお札だった。
灰司くんがお札を投げると、突然風が吹いた。しかし、中から獣の姿は見られない。その代わり見えたのは、風の中からすばやく出てきた小さな「何か」だった。
目で追えないくらい小さくてすばしっこい「何か」が本に向かって飛んでいく。その「何か」の正体を捉えようと目を凝らすと、その瞬間に本が真っ二つに切れていた。
この一瞬で何があったのか。唖然とする最中、今度は黄菜子ちゃんがまるで糸が切れたように膝から落ちてそのまま倒れこんだ。
「あ!」
私が声をあげるより先に橙樹くんが動いていた。橙樹くんがいそいで動いてくれたおかげで、黄菜子ちゃんは倒れるギリギリのところで受けとめることができた。
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