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「黄菜子! 大丈夫か!?」
慌てて黄菜子ちゃんの様子を見てみると、黄菜子ちゃんは寝息をたてて眠りについていた。その顔はとても安らかで、まがまがしい感じもすっかりなくなっていた。
「よかった……なんとかなったね」
灰司くんもホッとした様子でこちらに近づいてくる。けれども、私には灰司くんが何をしたのかさっぱりわからなかった。橙樹くんも混乱しているようで、頭の上にいっぱいクエスチョンマークを浮かべている。
「さ、さっきのなんだ? 風はいきなり吹いてくるし、黄菜子は倒れるし──」
そう橙樹くんが話していたところで、灰司くんは「ねこだまし」のように彼の顔の前でいきなり手をたたいた。
「バンッ!」と大きな音が鳴るものだから、私は思わず目をつぶってしまった。だが、おそるおそる目を開けてみると、今度は橙樹くんが魂が抜けたようにぼうっとしていた。
「だ、橙樹くん!? しっかりして!」
あせりながら彼の肩をゆさぶると、橙樹くんは「ん……?」と言いながらこちらに顔を向けてきた。
「あ、あれ……陽色……灰司……俺、図書室にいたはずじゃ……」
「え?」
あまりに橙樹くんがとんちんかんなことを言うから私も声が裏返ってしまった。まるでさっきまでの出来事を覚えていないようだ。
灰司くんのほうを見てみると、灰司くんはウインクしながら「シー」と人差し指を口元に持っていった。
「忘れてもらったほうが良さそうだったからね」
橙樹くんに聞こえないよう、灰司くんが小声で言う。言わずもがな、彼が何かしたらしい。これも祓い屋の力なのだろうか。不思議な力に私は目を丸くして何度もまばたきをした。
とまどっているのも束の間、橙樹くんに抱えられている黄菜子ちゃんが「うっ……」と小さくうめき声をあげた。
うっすらと目を開けた黄菜子ちゃんが、ぼんやりと橙樹くんを見つめる。その眼差しだけでわかる。彼女はもう、元の黄菜子ちゃんに戻っている。
「……橙樹くん?」
黄菜子ちゃんが消え入りそうな声で橙樹くんの名前を呼ぶ。橙樹くんも全て察したのだろう。彼の目から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。
「──おかえり、黄菜子」
橙樹くんがそう言うと、黄菜子ちゃんは静かにほほえんで小さくうなずき、泣き顔を浮かべる橙樹くんの頭をそっと撫でた。
二人の感動的なやり取りを前に私まで目頭が熱くなった。目にたまった涙を指でぬぐうと、それを見た灰司くんがクスッと笑った。
「がんばったね」
「──うん!」
その言葉が優しくて、嬉しくて、私は満面の笑みになって大きくうなずいた。
──きっと、黄菜子ちゃんも橙樹くんも、彼女たちの身に何があったかなんてわからないだろう。でも、それでいいと思った。これは悪い夢だった。夢なら、覚めてしまえば大丈夫。だから私は、黄菜子ちゃんにも橙樹くんにも本当のことは言わないで、静かに二人のことを見守っていた。
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