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一種の解離性人格障害だとカルテにはあった。
カラコリチカ・クレストはイスカーチェリ一号への搭乗任務を拒否した。自分が乗らなければ、打ち上げを延期せざるを得ないと見越して。
だが党政府から圧力をかけられていたセンター上層部は、どうしてもイスカーチェリを八月四日に飛ばさねばならなかった。
幸いにも、センターには英雄に相応しい「十四歳の天才」がもう一人いた。
イヴァン・スコルピオがカラコリチカの懸念をどこまで共有できていたかは怪しいところだ。
あるいは彼は相棒の気まぐれの尻拭いをするのが自分の役目だと思っていた節があったようだから、特に深く考えず任官を受け入れたのかもしれない。
センターはカラコリチカが何らかの妨害工作に走ることを恐れて、彼女を矯正室に監禁さえしたという。
そして、イスカーチェリ一号はあの事故を起こした。
すべての職務を拒絶して寮に引きこもったカラコリチカに、さすがにセンターの連中も何も言えなかったらしい。そして、機密漏洩の怖れがあるからと彼女を馘首にもしなかった。
飼い殺しの日々が半年ほども続いたある夜、カラコリチカは研究棟の屋上から飛び降りた。
幸か不幸か彼女は死ななかったが、頭を打ったショックで健忘症を発症し、自分をイヴァン・スコルピオだと思い込むようになった。
自分が任務を拒否したせいでイヴァンは死んだ。
カラコリチカがイヴァンを殺した。
本当はカラコリチカが死ぬはずだった。
死ぬべきだったのはカラコリチカだ。
そうだ、死んだのはカラコリチカ・クレストだ。
なら生きている自分は――イヴァン・スコルピオだ。
自責の念から逃れるために、心の中に仮想のイヴァンを生み出したのだろうと主治医は結論付けていた。
「私、ピエタリ語が少し分かるのよ。妹の旦那がピエタリ人だから」
入国審査官はその時の違和感をこう説明していた。
「女の子なのに『僕は』って――向こうの男性一人称を使って自分を呼んだからあれ? って思ったの。この子、男のフリをしてるつもりなのかしらって」
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