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「なんだい、騒々しいと思ったらマスムラじゃないかい」
ホットミルクのマグを両手で包むように持って、奥から店主が出てきた。
「また、得意先の金を抱えて愛人と飛んだ銀行員でも捜しに来たのかい?」
「まぁ野暮用でね。でも、ばあちゃんの顔が見たくて店に寄ったら仕事も片付いちまった」
俺はターゲットを見据えた。
「……僕がカラコリチカ? 何言ってるんだよお前」
ターゲットの瞳が動揺にゆらいだ。
俺は問いかける。
「話がうますぎると思わなかったのか? 帽子にサングラスを被っただけで、どこの空港でも一切怪しまれることなく通過できるなんて。そりゃそうだ。間違いなく渡航証の本人なんだから」
「違う! 僕は……」
迂闊だった。
カラコリチカ・クレストはポケットに突っ込んでいたらしい小型拳銃をこちらに突きつけた。
スタームルガーLC9。百年以上も前の銃の、それもここらの闇市でオモチャみたいな値段で取引されてる模造品だ。
「困るねえ、店の壁に穴は空けんでくれよ」
店主が呑気なことを言う。
「撃つならちゃんとあの男に当てることだね」
「黙ってろババア」
「僕はイヴァン・スコルピオだ!」
ターゲットが叫ぶ。
やばいな、と俺は思った。銃を持つ手が震えている。ただでさえ暴発の危険がある粗悪な密造銃だ。
「ならこれを見ろカラコリチカ!」
ジャケットの内ポケットから手鏡を取り出し、ターゲットに向けた。
最もシンプルな説得手段と思って準備しておいたものだ。
「そこに映ってるのは――誰だ?」
一瞬の静寂。
ターゲットの表情が歪む。
銃を取り落とし、すがるように手を伸ばす。
安堵したのも束の間――
「カラコリチカ……カラコリチカ! そんなところにいたんだね? ずっと探してたんだよ。さぁ、一緒に帰ろう? ねえカラコリチカ……」
カラコリチカ、カラコリチカと虚空に向かって繰り返す少女に、俺は何も言えず、立ちすくむしかなかった……。
了
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