0人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
*
『ハァイ、マスムラ。十八時間の船旅はどうだった?』
寝すぎで腫れぼったい脳みそに、相棒のカヲルコの能天気な声が響く。
首に架けた骨伝導スピーカーの表面を指でなぞって音量を下げ、俺は鼻を鳴らして答えた。
「最高だよ。プレスされたホットサンドの気分だ」
ワープバブル航法が実用化され超光速惑星間移動が確立した現代でも、ここプロキシマ・ケンタウリb星に降り立つにはハネダから第三世代船で十時間、俺のように旅費をケチって第二世代船を選ぶと十八時間にわたって、支給されたおむつを履いて離席も許されない狭苦しいシートで身を縮こめることになる。それでも、最初に地球からこの星に送られた無人探査機「スターチップ」が、到着まで二十年を必要とした前世紀からすれば隔世の感と言えるが。
ホバーバイクを自動操縦に切り替え、洒落たレストランやスーパーマーケット、コンドミニアムの高いビルが左右に立ち並ぶ大通りを進む。
柔らかなオレンジの光に満ちた、最果ての地。母星プロキシマ・ケンタウリが赤色矮星であることから、この星に降り注ぐ「日差し」は常に夕焼け色をしている。気温は一年(プロキシマ・ケンタウリbの公転周期は十一日半に過ぎないが、暦は地球と同じものを採用している)を通じて二十五度前後と温暖で、かつて四か国相乗りのリゾート開発公団は「常春のサンセット・アイランド」と惹句をつけた。
「だが時間が腐るほどあったおかげで、捜査対象者に関する資料やレポートはぜんぶ頭の中に叩きこんだ。なんかクイズを出してくれよ。瞬殺してやるから」
ふふ、とカヲルコは惑星間通信機の向こうで笑って、
『じゃあ……カラコリチカ・クレストが博士号を取ったのは何年で、その時彼女は何歳だった?』
「グラート航空科学大学で今から三年前、当時カラコリチカは十二歳。これはグラートの最年少記録だ」
宣言通りの瞬殺。
『最年少タイ、ね。実に運命的なことに、その年のピエタリ連邦には十二歳の天才児がもう一人いた』
「ああ。それが、イヴァン・スコルピオだ」
おれは答えた。
*
最初のコメントを投稿しよう!