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「経歴を見る限り、カラコリチカとイヴァンは良いコンビだったようだな。在学中からふたりでいくつも革新的な論文を発表して科学アカデミーの金メダルまでもらってる」
『大学時代の友人の証言によれば、カラコリチカは奔放で気まぐれ、典型的な天才タイプ。気に入らないことがあるとその翠色の瞳でキッと睨みつけて、相手を震え上がらせるから「メデューサ」って呼ばれてたらしいわよ』
「おっかねえアダ名だな」
『それで、時に周囲とぶつかりがちだった彼女を、イヴァンがいつも困り顔でフォローするって関係だったんだって』
「ああ、そんなメモもあったな。『お嬢様とその執事』なんて喩えてたか」
俺たちみたいだな――と、ともに探偵事務所を開業して五年になる相棒に言うのはやめにして、話を続けた。
「で、大学を出たふたりは揃って国立宇宙センターに採用され、新理論による惑星間航行の実用化プロジェクト――通称『イスカーチェリ計画』に参加することになった」
『ええ。実現すれば、地球とプロキシマ・ケンタウリbを二時間半で結ぶことができるって触れ込みだったんですって』
「それが上手くいってりゃ、俺も尻を真四角にして苦しまずに済んだわけだ」
ピエタリが――いや、宇宙開発先進四か国がこぞって新航法の開発に乗り出したのは、八年前にこの星の地下七百メートルに巨大なコバルト鉱床が発見されたためだ。
スターチップの探査でプラチナとモリブデンの存在が確認されたのをきっかけに一世紀にわたって過熱した各国の宇宙開発競争も、あらかたの鉱脈の採掘が終わり、観光業への転換が進んだ十数年前に終結したかに見えた。
それが、寝た子を起こすような新発見で再び状況は一変した。十九世紀アメリカのゴールドラッシュで誰よりも稼いだのが鉄道事業者だったように、最初に新航法を確立し、資源と人員の輸送の効率化に成功した国が次代の覇権国家となるのは間違いなかった。
「去年のイスカーチェリ一号の有人飛行実験……ターゲットたちがその関係者とはな。あの事故の」
あの八月のうだるように暑い日。俺は仕事帰りでシンジュク地区にいた。全世界同時中継を放映する街頭サイネージの中で、宇宙船イスカーチェリ一号は突如、入道雲のような白煙を吹き出して空中分解し、数万の金属の雨となった。打ち上げからわずか七十八秒後のことだった。
『「関係者」どころか』
カヲルコの口調から、からかうようなニュアンスが消える。
『カラコリチカは実質的な責任者だった。そして、彼女は実験での技師兼パイロットに選ばれてた』
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