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モバイル端末でニュースサイトを見るともなしに見ていて、手が止まった。
「イスカーチェリ事故はでっち上げ パイロットは亡命していた!」
アクセスすると、視聴者からの情報提供を元に取材し独自ニュースを流しているという個人運営のフォーラムだった。
公式報道では一切伏せられていたイスカーチェリ一号のパイロットの身元を国立宇宙センターのカラコリチカ・クレスト中尉であると断言するそのサイトは、実は実験の直前、センター上層部と対立していた彼女は新航法に関する機密を抱えて密かに某国に亡命しており、センターはその醜聞を隠蔽するために無人の実験機を爆破し、カラコリチカがその「事故」で死んだことにしたのだと解説していた。
文末には「彼女は今、某国の庇護下でプロキシマ・ケンタウリbのホテルで生活している」と、解像度の粗い望遠の写真付きで結ばれていた。
カラコリチカが生きている!
胡散臭いニュースサイトの胡散臭い記事が、その時の僕にはアリアドネの糸に思えた。
あまりにも短絡的に僕は決断した。
カラコリチカを捜しに行こう。
また何もしないで、また彼女に手が届かなくなるのが怖かった。
その夜、僕は病室を抜け出し、寮のカラコリチカの部屋に忍び込んだ。毎朝、彼女のことを起こしに行くため鍵を預かっていたのだ。
党政府はカラコリチカの事故死を認めていないから、彼女の渡航証は今も有効なはずだった。
クローゼットからトランクを引っ張り出し、彼女の服を詰め――それから自分でも身に着けた。よくカラコリチカが着ていたパーカー。これなら体の線も隠してくれる。
それからキャスケット帽に、一緒に行った祭りの夜店で買ったサングラス。カラコリチカが「絶対似合うから」と言ったくせに、次に会った時にはすっかり忘れていて「なにそれ、変なの」と笑われた。そこで初めて、からかわれていたのだと気づいた。
幸いなことに僕たちは、よく似ていると言われていた。あるいはそんな変装すら不要なほどに。「姉弟なの?」と尋ねられたことも一度や二度じゃない。白い髪に、翠色の瞳。
背はカラコリチカの方が少し高かったけど、そんなのはヒールで何とでもなる。入院中に、髪だって伸びた。声変わりもしていない発育の遅い身体に、この時ばかりは感謝した。
どの空港でも、あまりに呆気なくスタンプが押され「カラコリチカ・クレスト」は出入国ゲートを通過することができた。
気が緩んでいたのかもしれない。
プロキシマ・ケンタウリbのゲートで、入国審査官の気の良さそうな太ったおばさんに、「あら、夏休みの一人旅?」と話しかけられてつい、
「いえ僕は……」
と口を滑らせた時には冷や汗をかいた。僕はかろうじて笑顔を作り、言い直した。
「私は、友人を捜しに来たんです」
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