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『グリーンチケット』という名前の店だった。
葉脈のような細い通りの、中でも外れにある小さな酒場。
手帳の文字を数え、ここがちょうど百軒目だと気づいた。
この星に来て四日になる。手当たり次第に裏路地の店に飛び込んでカラコリチカの写真を見せて「彼女を知らないか」と尋ねる。首を振られるだけなら良いが、「探偵は嫌いなんだ」「どこの娼館の手先だ」と店の用心棒にいきなり殴られ、叩き出されたこともあった。
彼女の足取りについての情報はゼロ。得たものと言えば、頬の青アザくらいだ。
夜市で「護身具」を買ったせいで、手持ちの金も終わりが見えかけている。
そもそも本当に、この星にカラコリチカがいるかどうかだって分からない。
冷静に考えれば、あんなサイトの、頭にアルミホイルを巻いているような陰謀論者の妄言を真に受ける方がどうかしている。
それでも――。
それでも、不思議に充足感はあった。少なくとも今、僕は「どこか」に向かってはいるという。
カラン。重い木のドアを押して、灯りの絞られた店内に入る。
カウンターだけの小さなバーで、客は一人もいない。
店主らしい小柄な老婆が、退屈そうにキセルをふかしていた。
「すいません、この人を知りませんか?」
老婆に向かって写真を差し出し、百回目の台詞を口にする。
「……さあてね。そういや見かけない子供がここらで人捜しをしてるって噂になってたが、アンタのことかい、お嬢さん?」
その質問には答えず、僕は「ありがとうございます」とだけ言って踵を返す。
「待ちなよお嬢さん、ホットミルクくらい飲んで行ったら良い。お代は要らないからさ」
「でも……」
僕が言うより早く、老婆は腰を丸めて奥の厨房に入っていってしまった。
仕方なく、僕はカウンターの一番端に腰を下ろした。
カラン、とドアベルが鳴る。
僕は振り返る。
「――こりゃ驚いた、いきなりビンゴとはね」
皺の寄ったスーツを着崩し、首に大きな骨伝導スピーカーを架けた長身の男がそこに立っていた。
追っ手だ。
直感的に理解して、僕は腰を浮かす。それを察したようで、男はドアの前から動かない。
「まぁ落ち着いて。俺はアンタのご両親から捜索を依頼されたM&K探偵事務所のマスムラって者だ。悪いが、俺と一緒に地球に帰ってくれないか? カラコリチカ・クレストさん」
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