休日デートは上手くいかない

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○  朝食が終わったら午前十時を過ぎていた。カフェに行く前に、本屋に寄ろうという話になった。  坂木が運転する車で、繁華街の三宮に向かう。照りつける日差しは痛いほどだが、車の中は快適だ。カーオーディオでラジオを聴きながら、本屋のある大きな商店街に車を走らせた。  五階建ての本屋をうろうろする。併設の文具コーナーでは、サマーグリーティングをテーマにした、シロクマやペンギン、海辺の風景を描いた可愛いカードなどが並べられている。最近流行りのガラスペンコーナーもあって、坂木は興味深く手に取ってみた。  ――これで原稿を……おしゃれだ。おしゃれだけど、おれ、手書きの字が汚くて判読不能だって言われるんだよなあ。  そんなことを思いながら、いざ本の森へ。話題の新刊書からロングセラー、人気のレシピ本、マニアックな医学書まで、豊かな品ぞろえにうきうきする。  坂木が同業者の本をチェックしているあいだに、村瀬は洋書コーナーで最近出たミステリーのペーパーバックを立ち読みしていた。  絵になるなあ。そんなことを思いながら、坂木は村瀬の背後に近寄る。ばっと振り向く村瀬。睨みつけられ、坂木は一瞬凍りついた。鋭い目が怖い。 「……倫太郎さんか。びっくりしました」 「ごめんな。用事終わったよ。そっちは?」 「おれも終わりました。この本、買います」  村瀬が手にした本を見せた。後ろ手に縛られた女が首を括られている、おどろおどろしい表紙の本だ。坂木が目を逸らす。 「怖そう……」  ホラー、グロ系統が苦手なのだ。村瀬は表紙のおどろおどろしさから、それほどの感銘は受けていないらしい。 「イギリスで今話題のミステリーだそうです。密室ものですね」 「せいちゃんは英語も堪能で、おじさん感心しちゃうよ。それしても、びっくりした。さっき振り返ったとき、せいちゃん、目が怖かったぞ」 「すみません。いきなり近寄られると反射的に睨んでしまって」 「さすが『皆殺しの天使』」 「どうも」  どこか誇らしげだ。 「でも、せいちゃんは笑顔が可愛いよなー」  歩きながらふざけて言うと、村瀬は目を逸らし、「どうも」とつぶやいた。ふいに、坂木は自分の言った言葉に「いらぬ含み」があったのでは……と気がついた。慌てて言う。 「あ、いやらしい意味で可愛いって言ってるわけじゃないから、安心して」  急いでフォローすると、村瀬は笑った。 「大丈夫ですよ。いやらしい意味って、性欲から『可愛い』って言ってる、ってことですか?」  セイヨク、と繰り返す坂木。本屋のど真ん中で出てきた言葉に、ちょっと恥ずかしくなる。さらに慌てて言葉を継いだ。 「そう。性欲に基づく『可愛い』じゃなくて、父性としての可愛いだからな!」 「倫太郎さんは、おれのお父さんにはなれませんよ」  ぽつりと言った村瀬に、坂木の胸がつきっと痛む。物事はそう単純ではない。前と後ろに並び、エスカレーターで一階に降りながら、坂木が謝った。 「ごめんな。そうだよな。おれがわかってなかった」  前にいた村瀬は振り向いて、目を細める。 「倫太郎さん、お人好し」 「な、なんだよー! ほんとに父性が芽生えてるんだぞ。でも、お父さんにはなれないなって……」  むくれる年上の男を見て、村瀬は笑った。どこか寂しそうに。 「倫太郎さんは、ずっとそのままでいてください」 「……まあ、おれはおれでいるしかないわけだけどさ」  一階に着く。外に出ると、一気に熱風に包まれた。献血ルームの隣を抜けて、大通りを逸れ、メイン・アーケードの脇道に向かう。隣に並んだ坂木に向かって、村瀬は微笑んだ。 「おれたち警官は、お人好しとはとても呼べない人間たちを相手にしています。だから、倫太郎さんのお人好しにほっとする」 「そっか。じゃあカモにされそうになったら、せいちゃんに助けてもらわなくちゃな」 「倫太郎さんは助け甲斐がありますね」  お互い笑った。そのままカフェに向かって歩き出す。青空にわきたつ入道雲。汗が噴き出し、蝉しぐれのせいで耳鳴りがした。日差しが目に痛い。商店街のアーケードはあるのだが、メイン・アーケードではなく脇道ということ(アーケード自体が狭い)、さらに時間帯か日差しがもろに当たる。日傘を差している人も、なんとか日陰に逃げ込んで歩いている人もいるが、坂木と村瀬はちょうど日なたを歩いていた。  それでも機嫌よく歩く坂木。後ろから村瀬がついてくる。  いつの間にか、車が二人のそばを徐行してついてきていた。坂木の隣で停車する。窓から腕がにゅっと突き出た。
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