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「眞白、お迎えが来たよ」  村の女性達に着付けや化粧を施され、やっと終わったと寛いでいたところに村長が眞白を呼びに来た。今日のために用意された白無垢は村全員からの贈り物だ。眩しいほどの白を身に纏うと気分も一層に引き締まる。 「わ、眩しい」 「今日は雲も少ないからお天道様がよく見える。今日という日に相応しい」  村長は白無垢に身を包んだ眞白をまじまじと眺めると涙を流して喜んだ。黒鉄と番になったことをこうして喜んでくれる人がいる。それがどんなに幸福かを、眞白は一人噛み締めた。  今日、眞白は正式に将軍家に嫁ぐ。  今までは「贄」として献上されていたが、黒鉄が「鬼守」の名と贄の制度を廃止した。これまでは鬼の一族の要求に応える形でその身を捧げていた碧の一族が、自身で添い遂げる相手を選べるようになった。それだけではなく三つの一族全てが生まれや身分に関係なく自由に婚姻関係を結べるように新しい法律も作られた。  将軍である黒鉄の番となった眞白は「鬼守の贄」ではなく「碧の一族の一人」として黒鉄と婚姻関係を結んだ。新しい婚姻の法律が出来てから初めての幕府関係者の結婚に耀の国全体が注目している。  これから将軍家の一員として生活することになる以上、碧の村に帰ることも出来ない。黒鉄の計らいによって眞白は碧の村に一週間ほど滞在していた。村は眞白の嫁入りの準備でお祭り騒ぎだ。話したことのない村人とも交流し、沢山の思い出が出来た。思い残すことは何もない。 「眞白様、お迎えにあがりました」  見覚えのある姿が眞白を出迎えた。それを見て眞白は思わず駆け寄る。 「紫苑様! お身体はもう大丈夫なのですか?」 「お陰様で。お二人の晴れの日に間に合ってよかったです」  眞白を庇い深手を負った紫苑だったが、手負いの身体で黒鉄率いる新しい幕府に貢献した。長いこと国を離れていた黒鉄の為に幕府や国の情勢を踏まえ助言をし、必要とあらば豪商や他の大名の間に入って話を進めた。紫苑の手助けがなければ新体制として動き出すのにもっと時間がかかっただろう。 「それにしてもすごい駕籠ですね……」  漆黒に塗られた大駕籠は金や貝殻などの装飾が施されている。立派な作りの駕籠に眞白は思わず感嘆を漏らした。 「黒鉄様に直接言ってあげて下さい。きっと喜ばれますよ」 「ええ、こんなに立派な駕籠に乗れて……眞白は幸せ者です」 「どうにか今日に間に合わせようと黒鉄様が寝る間も惜しんで作り上げたのですよ」 「え⁉︎ 黒鉄様が作られたのですか?」  黒鉄が木彫りを得意としているのは知っていたがまさかこんなに立派な駕籠を作るまでになるとは。言葉を失っていると紫苑が思い出したかのように笑う。 「最初は職人達に任せていたのですが、見てるだけではいられなかったんでしょうな。勤めを終えた後に、自ら職人達に混じり作業をしておられました。最初は職人達も驚いていましたが、黒鉄様の筋の良さを認めて楽しそうに作業をしておられましたよ」  黒鉄が夢中になっている様子が目に浮かぶ。まさか眞白を迎えるのにこんなに手を尽くしてくれているとは思わなかった。 「法令の整備も順調に進んでいます。そして全ての一族の代表も決まり、新しい幕府が正式に動き出します。より良い国を実現するため、各々がやる気に満ち溢れてますよ」  新しい時代の足音がすぐそばまで来ているのを感じた。前を向き歩み始めた黒鉄の志に人種や身分を越えて人々が力を合わせる。黒鉄ならきっと人々を明るい道へと導けるだろう。 「さて、双銀城へ向かいましょう。黒鉄様が首を長くしてお待ちです」  紫苑に促されて駕籠に乗り込む。村人達が眞白を見送ろうと集まってきた。一人一人の顔を目に焼き付けながら眞白は深々とお辞儀をした。 「沢山の愛情をかけて育てて下さり、ありがとうございました。眞白は黒鉄様と共に幸せになります」  駕籠の扉が閉まる。駕籠が進んでいく。振り向けば村人達がいつまでも手を振りながら眞白を送ってくれた。段々と村が遠くなり見えなくなる。景色はのどかな田園風景から賑わう城下町へと移ろう。  沿道には沢山の人々が集まっていた。贄として双銀城に向かっていた時は好奇の目を向けられていたが、今は町の人々が心から眞白を祝福しているのが分かる。これも黒鉄の人徳が少しずつ耀の国の人々に知れ渡っているからだろう。 「眞白様、着きましたよ」  城下町を中心に向かって進み続けた後、駕籠が降ろされた。紫苑が駕籠の扉を開ける。降り立つと待っていたのは黒鉄だった。礼装に身を包み、髪を後ろに縛り一つにまとめた黒鉄の姿に思わず見惚れる。そんな眞白をよそに紫苑が困ったように口を開いた。 「黒鉄様自らお出迎えにならなくても……」 「細かいことを言うな。本当なら村まで出迎えてもよかったのだが、礼服はどうも動きにくい。なので城門で我慢しておいた」  今回の婚礼の儀に参列するのであろう人々が、突然の主役の登場を不思議そうな顔で見ている。しかし黒鉄はそんなことに構いもせず、ツカツカと眞白の前に歩み寄ると白無垢姿の眞白を抱き抱えた。辺りはどよめく。紫苑は制止を諦めたようで呆れたようにため息を吐いた。 「駕籠の乗り心地はどうだった?」 「とてもよかったです。でも……」  眞白は黒鉄に抱きついた。黒鉄の香りがふわりと香る。 「眞白は、黒鉄様に抱きかかえて頂くのが一番好きでございます!」 「……あまり可愛いことを言うな」  黒鉄がそっと頭を擦り寄せてくる。眞白は化粧がつかないように、そっと黒鉄の角に触れて答えた。  婚礼の儀は大広間で行われた。  鬼の一族、人の一族、そして碧の一族の代表が一同に介する。上段の間に上がると一斉に人々の目が眞白を向いた。こんなに大勢の人々が集まるとは思いもせず、眞白は緊張に顔をこわばらせた。 「これだけ人の前だ。緊張するのも仕方ない」  圧倒される眞白に黒鉄が声をかける。眞白はそれに頷くとしゃんと背を伸ばして前を向いた。 「……さて、婚礼の儀に入る前に一つ伝えたいことがある」  黒鉄は集まった人々を見渡すとゆっくりと口を開いた。 「鬼の一族の行いはどれだけ月日が経っても許されることではない。それは俺が一番よく分かっている」  金色の目は真っ直ぐに人々を見据えていた。真白はただそれを見守る。 「俺はかつて……人喰い鬼と呼ばれ、長い間罪を悔いながら生きてきた。だが、眞白と出会って変わった。眞白が前を向くことの大切さを教えてくれた。どんな状況でも俯いてばかりでは駄目だ。悔いているだけでは未来は変わらない」  黒鉄の言葉に人々は頷く。中には涙を滲ませる者もいた。 「俺はこの国を自由な国にしたい! 生まれも身分も関係なく、自分の思うがままに生きて、自由に愛し合うことが出来る……そんな国を作りたい。そのためには皆の一人一人の力が必要だ! どうかこれからも力を貸してほしい!」  黒鉄が頭を下げた。鬼の中でも群を抜いて強い彼が頭を下げるだなんて誰しも予想出来なかっただろう。大広間がシンと静まり返る。  しかし次の瞬間。  一人、また一人と拍手をし始めた。段々と大きくなる拍手はやがて大広間全体を包み込んだ。 「眞白……」  拍手の渦の中、黒鉄が微笑みかける。眞白は一筋の涙を流しながら微笑み返す。 「どうか俺を見ていてくれ。俺を……信じてくれ」 「眞白はどこまでもお供します。どんな時も黒鉄様をお慕いします」  黒鉄は眞白の言葉に満足そうに頷く。見つめ合う二人を見て人々はさらに大きな拍手を送った。いつまでも鳴り止まない拍手を浴びて、幸せを噛み締める。  真っ直ぐと前を見据える金色の眼には一体どのような未来が映るのだろう。絶対などこの世にあり得ないけれど、きっと誰もが幸せを謳歌出来るようなそんな未来がこの国を待っている。  生まれがどうであろうとも黒鉄が側にいてくれるから、生まれた喜びを噛み締めることが出来る。きっと明日も明後日も、二人には幸せが降り注ぐだろう。この鳴り止まぬ拍手のように。眞白は人々の声援を浴びながら頸の証にそっと触れた。  その島国は東の海の果てにあった。  豊かな新緑が陽の光を浴びて輝く景色を見て、人々はその国を「耀の国」と呼んだ。  痛ましい過去を乗り越えようとする彼らに希望の光が照らす。その瞳はまだ見ぬ未来に、煌々と耀いている。
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