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 読み書き以外にも黒鉄はこの世界の様々なことを教えてくれた。  ある日、黒鉄は眞白を肩に乗せて森へ向かった。眞白一人では森に入るのは危険だが、黒鉄が同行していれば安全と判断したらしい。黒鉄の肩に乗っている安心感もあり、前回狼を追って森に入った時よりも辺りをしっかりと見渡すことが出来た。  木々の緑は美しく、澄んだ空気に包まれていた。鳥の囀りや遠くから水の流れる音も聞こえる。時折、動物達がこちらを伺うように顔を出してはすぐに逃げていく。どうやら黒鉄に怯えているらしい。言葉を理解出来ない分、黒鉄が醸し出す強者の雰囲気を感じ取るのだろうか。 「森は私が思っていた以上に美しいのですね」 「確かに自然は美しいかもしれん。だが時として災いとなって我々に牙を剥く。美しくても用心することだ」  話しているうちに辿り着いたのは先日、眞白が駆け込んだ小屋だった。中に入ると相変わらず薄暗い。黒鉄は隅にあった巻物をいくつか手に取ると広げて眞白に見せる。そこに描いてあったのはなんとも楽しげな風景だった。老若男女、様々な人間が歩いている姿。村とは違う雰囲気が漂う建物の並びに眞白はただ見入った。 「これが町というものだ。鬼守の村よりも栄えている。この巻物に記されているのは双銀城を囲む城下町だ。今も賑わっていると聞く」 「すごい……村とは全く違います」 「お前達の村は鉱石や鬼からの支援金で生活をしているが、町は各々が様々なものを売っている。いわゆる商いというものだな。その店ごとに並ぶ商品も違う。眺めるだけでも飽きない」 「黒鉄様は町に行かれたことがあるのですか?」 「遠い昔にな」  黒鉄がまだ人喰い鬼と呼ばれる前の話だろうか? 一瞬疑問が湧いたが描かれた絵から伝わる町の楽しそうな様子にすぐに意識が向かった。 「町には色々な食事処もあってな。お前の好きそうなものもあった」 「黒鉄様の作って下さった食事よりも美味しいものがあるのでしょうか?」 「俺が作ったものよりも遥かに美味い。お前は甘い茶が好きだったな。ならば団子というものがある」 「だんご?」 「白玉を串に刺して甘く味付けしたものだ。それに緑茶を合わせるのが一般的だがなかなかいける」 「南瓜やさつま芋よりも甘いのですが?」 「南瓜とは比べものにならないくらいの甘さだ。特に餡子で味をつけた団子は絶品だな」  眞白が村で出されていたものはどれも薄味だった。たまに出てくる蒸したさつま芋が眞白の食事の中での甘味だ。それよりも甘くて美味しいのなら是非口にしてみたい。黒鉄が絶品と太鼓判を押すものがどれだけ美味しいのか……想像しただけで涎が出そうだ。 「食事以外にも楽器なんかを売っているところもあれば、服や飾りを売っているところ、玩具なんかも売っている」 「まるで夢のような場所ですね」 「ああ、きっと退屈しないだろう」  一通り町の様子を教えてくれた後、次に見せられたのは古ぼけた地図だった。先ほどの巻物よりも古いようでひどく傷んでいる。 「これは周辺国の地図だ」 「周辺国……? 国は耀だけではないのですか?」 「この世界はいくつもの国がある。ちなみに耀の国はここだ」  黒鉄が指差したのが小さな島国だったので眞白は思わず声を上げた。 「耀の国はこんなにも小さいのですか?」 「周囲の大陸に比べればこんなものだ。俺達がいる百華の島なんかこれだぞ」  点のように小さい島を指さされる。眞白の足では半周も出来なかった島がこんなにも小さいだなんて思ってもおらず、世界の大きさにただ目を見張る。 「俺達、鬼の祖先が生まれたのはこの辺りだな。俺の出身もここだが年中吹雪が吹き荒れる氷の地だった。食糧も少なければ気候も安定しない。だからこそ俺達の身体は人よりも強くなったのかもしれん」 「てっきり黒鉄様も耀の国の生まれだとばかり思っていました」 「俺達は移民だ。俺が生まれる前くらいから鬼の一族は他の土地に移住することを計画していた。そして辿り着いたのがこの耀の国というわけだ」 「それが今では耀の国を統治して私達を守って下さっているのですね」 「……人間や鬼守はもちろん、今の若い鬼も知らない歴史だ」  もっと歴史の話を聞きたかったが黒鉄が僅かに暗い顔をしていたのでそれ以上詮索することはしなかった。話を変えようと眞白は耀の国のすぐそばの大陸を指差す。 「これは全てが国なのですか?」 「その大陸はいくつもの国が集まっている。これは古い地図だから今の国は記されていないが、熾烈な領土争いで国が滅びたり、拡大したりを繰り返している」 「戦ですか……耀の国は平和ですから想像しにくいですね」 「お前が生まれてから戦は起こっていないが、俺はこの長い年月で何度も戦を目にしている。三百年以上前にも百華の島の近くの国が耀に攻め入ったことがあるな」  黒鉄が百華の島の近くにある場所を指差した。 「玄という国だ。この国は薬学に精通していてな。ありとあらゆる毒で兵を苦しめた」  黒鉄はまた違う本を引っ張り出すと広げて見せる。その本は先ほどまでとは違う文字が書かれていた。そしてその中に見覚えがある花が描かれている。 「これは島に咲いている白い花ですか?」 「いかにもこの島に咲いている堕鬼の花は鬼の兵を殺す為に作られた毒の花だ。この百華の島は元々、玄の領土だった。それを耀が奪った」  戦の話をする黒鉄は表情こそ変えないがとても悲しそうな目をする。その顔を見ると眞白まで泣きたくなってしまった。こういう時にどう言葉をかけていいか分からない。自分の言葉の足りなさが恨めしくなる。 「戦は悪だ。それは歴史が物語っている。俺の口からは話せないが、興味があるなら耀に帰ったときに調べればいい」  黒鉄はそう言うと帰り支度を始めた。眞白も黙々と片付けを手伝う。もっと沢山のことを知りたいと思った。耀の国のこと、他の国のこと、そして黒鉄のこと。世界を知っても、黒鉄の番になりたいという意志は変わらない。それどころか僅かに熱を帯びてどんどんと膨らんでいる。
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