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(黒鉄様が、もっと欲しい……)  手で扱いているだけでも興奮するが、もっと黒鉄の熱を直接感じたい。眞白は顔を近づけるとそのまま大きく口を開いて棍棒の先端を口に含んだ。それを見た黒鉄は慌てて眞白を引き剥がそうとする。それに必死に抵抗しながら、眞白は黒鉄の味を堪能した。しょっぱさと雄の香り、青臭さが口いっぱいに広がった。決して美味いとは言えない味だが、眞白を満たしてくれる。 「離せ。そんなもの口に入れるんじゃない」  咎める声は上ずっていた。口内で黒鉄が限界であることを察する。歯を立てないように黒鉄の先端を吸う。 「眞白……やめろ、離せ……!」  グッと頭を押しのけられる。夢中になってしゃぶっていた棍棒が口から飛び出てしまった。唾液でぬらぬらと光るそれが目に入ったと思ったら、一気に視界が白くなる。熱い飛沫が顔に飛び散った。それが黒鉄の白濁だと理解するよりも先に黒鉄が慌てて眞白の顔を拭う。 「だからやめろと言ったんだ! 目に入ってないか?」  顔を拭ったあとに眞白の目を確認する。特に変わりがないのが分かると黒鉄は眞白を寝床に寝かせた。起きあがろうとしたがどうも身体の自由が効かない。 「あれ……? なんだか身体が重い……」 「初めて色香を放ったのだ。心身に負荷がかかるのも無理はない。今、茶を入れよう。横になって休むといい。寝たければ寝ても構わん」  黒鉄は茶葉を取り出すと湯を温め始めた。その背中を眺めている内に意識が微睡んでくる。うつらうつらとしながらも眞白は大きな背中に語りかけた。 「最後の最後まで、ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません」 「気にするな。鬼も鬼守も互いに引き合うようになっている。自然の摂理だ」 「……私は、鬼守として生まれていなくても黒鉄様に惹かれていました。今ならはっきりとそう思えます」  鬼守に生まれていなければきっと黒鉄と出会うこともなかっただろう。しかしこの気持ちは一族の血筋や本能が生み出したものではない。眞白はそう信じている。 「私は、黒鉄様がどんな過去を歩んでいたとしても……貴方を愛しく思います」  黒鉄はこちらを向こうとしない。器の中で湯が沸騰するのを無言で見つめていた。眞白も返事が欲しいわけではなかったのでそれっきり黙っていた。  外を見ると三日月が静かに佇んでいる。それは星々の光に消されてしまいそうなほどに細く、頼りない光だった。明日、幕府の船が迎えにやってくる。もうこれ以上、わがままを言って黒鉄を困らせたりはしない。  瞳を閉じた。時間が止まればいいと願うのもやめた。目を覚ませば別れの朝がやってくる。その時は精一杯の笑顔で黒鉄と向き合いたい。最後に見た顔が泣き顔だったら、優しい黒鉄も心を痛めてしまうだろうから。 「眞白は幸せ者です。だって黒鉄様に出会えたんだもの……」  黒鉄が振り向く気配がした。しかし眞白は目を開かなかった。目を開けばきっとまたわがままを言ってしまう。眞白は眠りの世界へ徐々に身を委ねていった。  二人の最後の夜は三日月に見守られて、緩やかに更けていく。
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