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 どれくらいの時間がたったのだろうか。  目を覚ますと薄暗い場所で眞白は横たわっていた。最初は全く状況が飲み込めなかったが、意識が覚醒していくにつれて今まであったことが蘇ってくる。 「紫苑様……」  自分を守り傷を負った紫苑は無事だろうか。名前を呼んでみたが反応はなかった。身を起こそうとしたが手足を縄で拘束され身動き一つ取れない。気を失う直前に口元に当てられた布を思い出す。もしかしたらあれには毒の類だったのかもしれない。 「……目を覚ましたぞ」  遠くの方から声がした。声がした方に目を向けると鉄格子の奥に人影を見つけた。一人ではない、複数人の影に眞白は声をかける。 「どなたかいらっしゃるのですか?」  眞白の問いかけに答えるのを躊躇っているようで返事はなかったが、それでも眞白は諦めずに問いかけた。 「誰か……この縄を解いて頂けませんか?」 「助けてやりたいところだが、生憎俺らも拘束されてて動けない」  眞白の悲痛な声を憐れんだのか一人の男が眞白に答えた。暗闇の中で影しか認識出来なかったのが、目が慣れてきて彼らの身なりや表情がだんだんと見えてくる。男は黒髪に青い瞳をしていた。他の者も青い瞳をしており不安気に眞白を見つめている。捕らえられている全員が鬼守の一族だった。 「貴方は鬼守の……?」 「ああ。ここにいる奴らは全部鬼守の一族だ。アンタは? ここらでは見たことのない瞳の色をしてるが」 「私も鬼守の一族の者です! 見た目は皆さんと違いますが、確かに鬼守の血を引いております」  男はにわかに信じがたい顔をしたが隣でこちらの様子を伺っていた少女が眞白に向かって呼びかけた。 「眞白君! どうしてここに? 将軍様の贄になったんじゃ……」 「貴女は……」  眞白はその顔に覚えがあった。かつて村にいた時、子供が遊んでいるのを何度か窓から眺めたことがある。その中で彼女はいつも輪の中心にいた。村の中でも器量がよく他の子供達からも人気があったようだ。彼女とは直接の面識なく、話したこともないがいつも楽しそうに遊んでいるのが印象的だった。 「僕のことを知っているの?」 「知ってるも何も、貴方は宝珠の村の有名人よ。眞白君が外に出るのが許されていなかったから誘えなかったけれど、私達はいつも眞白君と遊びたかったの」 「本当に鬼守だったのか……」  同郷の者がいたおかげで他の者達も眞白が鬼守であると信じたようだ。警戒が解けたのが雰囲気から分かる。 「でも貴女がどうしてここに?」  彼女も贄として鬼に献上されたのだろうか。それにしてはこの部屋は質素だった。鬼守達はまるで罪人のように閉じ込められている。重い空気が立ち込めていて、誰もが俯き暗い顔をしていた。同郷の少女は眞白の質問に泣きそうになりながら答える。 「私も分からないの。家の手伝いで野菜を売りに行く途中で仮面をつけた鬼に連れ去られて……気付いたらここにいたの」  彼女は堪え切れずに泣き出してしまった。他の鬼守達が彼女を慰める。代わりに別の男が口を開いた。 「お嬢ちゃんと同じように、ここにいるみんなは仮面をつけた鬼に襲われて連れてこられた。この部屋は窓がないからここがどこなのかも分からねぇ。何日かに一回、誰かが鬼に連れられていくんだが誰ひとりここに帰ってこないんだ」  犯人は眞白を襲ったのと同じ仮面 をつけた鬼のようだ。だとしても何故鬼守達をこのようなところに閉じ込めるのだろう。 「もしかしたら人喰い鬼の仕業なんじゃねぇかってみんなで話してるんだ。俺も、人喰い鬼の餌になっちまうんじゃねぇかと思うと眠れやしない」 「黒鉄様はそんなこと致しません。彼は人喰い鬼ではありませんし、とても心優しいお方です」 「黒鉄……ああ、人喰い鬼の名前か。だがアイツは耀の国の大罪人っていうのがこの国での常識だぞ?」 「私達は何も知らないだけです! 黒鉄様はこの国を守るために百華の島で一人戦っています」  どれだけ説得しようとしても誰一人として眞白を信用する者はいなかった。彼らも以前の眞白のように隠された事実を知らないだけだ。どうにかして分かってもらいたい。だが眞白の言葉だけでは彼らに真実は伝わらなかった。 「……アンタが何と言おうと俺らは食われる運命なんだ。きっと、誰一人助からない」  誰かがポツリと呟いた。重苦しい雰囲気が辺りを支配する。それでも眞白は決して諦めず、手を縛る縄をどうにかして解こうとした。 「その縄は頑丈に出来てる。俺ら鬼守の力じゃ解けるどころか緩むこともねぇ」 「それでも諦めてしまえば何もなりません! どうにかして縄を解きます。この縄が解けたら貴方達も解放します!」  最初は一人で拘束に抵抗する眞白を見ているだけだったが、同郷の少女がもがきながら手足の拘束を解こうと試み始めた。 「おい、お前まで……」 「無駄かもしれないけど……私、死にたくない! 生きて村に帰りたい!」  するとまた一人、縄を解こうと試みる。眞白の言葉に背を押された者達が必死になってもがき始めた。ある者は地面に縄を擦り付け、またある者は他の者の縄に齧り付き噛み切ろうとした。 (あれ……縄が……)  必死にもがいた為に縄が擦れて手首から血が滲み出た。それでも足掻いていると縄に血が染み込み、 縄が焼け焦げるかのように朽ちていった。今までにないことに困惑しながらも思い切り力を入れると、縄は簡単に切れた。  今度は足を縛っていた縄の結び目に手をかける。しかし固く結ばれていて緩む気配もない。爪を立てて解こうとするうちに今度は爪が割れてしまった。血が滲んで縄に付着した。すると先ほどと同じように縄が朽ちて簡単に縄を切ることが出来た。 「解けました! 今、あなた方の縄も解きます!」  解放された眞白は同郷の少女の元へ向かうと彼女の手を縛る縄に手をかけた。だが眞白の縄と同じく結び目は固く、人間の力では解けそうにない。 (もしかして……)  先ほど割れた爪から滲む血を縄に染み込ませた。すると先ほどと同じように縄が朽ちる。少女もその不思議な光景に目を見張っていたが、眞白の血が染み込んだ縄が切れると目を輝かせた。 「切れた!」 「おそらくこの縄は血に反応して朽ちるのです! 今、私も手伝いますからお待ちください!」  眞白は人差し指を思い切り噛んだ。滲んだ血をまた別の男の腕を縛る縄に付着させた。やはり縄は朽ちてまた一人、拘束から解放される。 「どういう原理か知らねぇが、血を染み込ませりゃいいんだな?」  解放された男は眞白に倣い、自分に浅い傷をつけて出血させると他の者の縄に染み込ませた。だが眞白の時と違い反応を見せない。 「どうにもならねぇ……」  代わりに眞白が血を染み込ませると縄は朽ちた。 「兄ちゃんの血しか反応しねぇのか?」 「どういう理由か分かりませんが、私の血で縄が朽ちるなら全ての縄に染み込ませるまでです」  眞白はグッと傷口を押して血を滲ませた。痛みに顔を顰めた。でもみんなを助けられるのならばこれくらいの痛みはどうにでもなる。 「もう少しお待ち下さい! もっと血が出れば……」  するといきなり部屋の扉が開いた。顔を上げると仮面の鬼が二人ほど立っていた。眞白を襲った者と同じ仮面をつけていた。 「何故、縄が切れている……鬼の毛を編んだ頑丈な縄のはずだが。おい、ちゃんと結んだのか?」 「確かに結びました! 一体なぜ……」  面をつけていても彼らが動揺しているのが分かった。眞白一人であれば逃げることも出来るが、まだ拘束が解けていない鬼守達を置いていくわけには行かない。
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