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「お前……何故ここに!」 「紫苑から全て聞いた。彼奴は肩を負傷したにも関わらず、俺に全てを伝えようと百華の島まで泳いで戻ってきた」  黒鉄が助けに来てくれたこと。そして自分を庇って倒れた紫苑が無事だったことに砕けた心が元に戻っていく。 「百華の島までどれほどの距離があると……」 「ああ、久々に本気で海を泳いだな。眞白のためなら海を超えてでもすぐに参る」 「化け物め……!」  刃鉄は歯をギリっと食いしばりながら今にも飛びかかりそうな勢いだ。しかし明らかに黒鉄の圧に押されている。 「眞白を売る? まさか人を売って富を得るだなんて……兄上、貴方はどこまで道を外れるのか?」 「兄と呼ぶな! お前と血縁だったせいで俺が今までどんなに惨めな思いをしたか、お前は知らないだろう!」 「外道の心など分かりたくもない」  お互いに間合いを取りながら相手の様子を窺っていた。緊迫した場面を眞白は固唾を飲んで見守った。 「いつもお前ばかり……前将軍はお前ばかりを贔屓し、私が成果を上げても見向きもされぬ! 前将軍を殺し、お前を島流しにしても……お前を信奉する者どもが私に盾をつく!」  黒鉄は何を言われても動じることはなかった。その目は憐れみすら浮かべていた。それが癇に障ったのか刃鉄は眞白を羽交締めにする。黒鉄によく見えるように眞白の喉元に刃を当てた。途端に黒鉄の表情が変わる。 「眞白に指一本でも触れてみろ。兄だろうが容赦はしない」  刃鉄の手が僅かに震えていた。眞白ですら黒鉄の怒りに気圧されている。将軍さえも圧倒する黒鉄の覇気に、彼が鬼神と呼ばれる理由を知った。  しかし眞白を人質に取られてはさすがの黒鉄も下手に動けないようで歯痒そうに刃鉄を睨みつける。 「ふん。この者は私の所有物だ。全て私に決定権がある。……お前を仕留められぬ出来損ないだが、利用価値はあるな」 「眞白は……いや、耀の国の民はお前のものではない! まだ分からぬのか!」 「私は鬼だぞ? 鬼の一族は世界の頂点なのだ。お前は私よりも優れているのに、何故それが理解できぬ? 何故弱き者に情けをかける?」 「人は、生まれながらにして平等だ。そこに上下などない。ただ俺達は他の種族より頑丈に生まれただけだ」  その言葉に苛立ったのか、眞白を拘束する手がより強くなった。 「この世に平等などあるわけないだろう。私とお前に力の差があるように。お前の半端な理想論は聞き飽きたわ!」  喉元に当てられた刃が眞白の肌を傷つけた。痛みと共に血が滲むのを感じる。血が滴り鎖骨を超えて胸元に伝った。 「この者の自由を願うのならば、お前の腕を片方切り落とせ。お前が俺に歯向かわないと分かればこの者を側に置いておく必要もない。どうだ? 悪い条件ではないだろう?」  それを聞いて黒鉄は刃鉄に剣先を向けるのをやめて自分の肩に当てた。 「黒鉄様!」 「いいぞ。そのまま切り落とすのだ」  黒鉄が思い通りに動いたことで気が緩んだのか、拘束する腕が僅かに力を抜いた。だがそれでも眞白の非力さではここから逃げ出せそうにない。このままでは本当に黒鉄の腕がなくなってしまう。 (そうだ! この血が鬼にとって猛毒ならば……)  先ほどの仮面の鬼が眞白の血液に触れて手を腫らしていたことを思い出す。刃鉄が皮の手袋をしているのも眞白に素手で触れないようにするためだろう。刃鉄も鬼ならば、眞白の血に反応するはず。  眞白は喉元の傷から滴る血を手のひらで拭った。そして血液が付着した手のひらで肌が露出した部分を狙って思い切り掴んだ。 「ぐぁっ!」  驚きのあまり刃鉄は握っていた刀を落とす。眞白はトドメを刺すように拘束する腕に噛み付いた。拘束がさらに緩んだところを狙って腕から抜け出す。足がもつれそうになりながらも、眞白は黒鉄の腕の中に飛び込んだ。 「眞白!」 「黒鉄様!」  もう二度と触れることが出来ないと思っていた黒鉄の温もりと匂いに一気に気が抜ける。黒鉄は眞白を抱きとめて、刃鉄から守るように背に隠す。 「く、くそ……」  刃鉄は苦しそうに顔を歪めながらも必死に刀を握る。そして一気に切り掛かってきた。黒鉄はそれを刀で受け止める。刃鉄の刀は弾かれて床に転がった。そこへ目にも止まらぬ速さで刃鉄の身体を切り付けた。赤い飛沫が弧を描き辺りを真っ赤に染める。 「う、うぅ……」  黒鉄はトドメを刺そうと刀を振り上げたが、少し間を置いてから振り上げた腕を下ろした。そして背を向けると刀を鞘に納め、眞白を抱き抱える。 「兄上。俺は貴方の知識を羨ましく思っていた。俺達は互いに羨んでいただけだ。なのに、どうしてこうなってしまったのか……」  刃鉄は呻き声を上げながらもがくだけだった。襖の向こうからバタバタと足音が聞こえる。 「一先ず引くとするか」  しっかり捕まっていろ、という言葉に眞白は抱きつく腕に力を込めた。襖が開くと同時に黒鉄は突進していき、刀を構えていた鬼達を足技で蹴散らす。そしてそのまま窓まで駆け寄ると蹴破って外へと飛んだ。 「うわぁぁぁぁ!」 「安心しろ。俺が背負っている限りは大丈夫だ」  城の最上部から飛び降りるのは内蔵が口から出てしまいそうなほどの恐怖だったが、黒鉄は難なく着地するとそのまま全速力で駆け出す。  暗闇を裂くように黒鉄は駆け抜ける。吹き付ける向かい風も黒鉄の腕の中に守られているから怖くなかった。
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