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 夜が明けた。  眞白と黒鉄は目覚めるとすぐに双銀城に乗り込む準備を始めた。いつでも旅籠を出れるように身支度を整え、出発の刻を待つ。 「昼前には知らせを受けた者達が双銀城に集まるだろう。その頃合いを狙う。同志の中に城に残っている者がいてな。その者からの知らせを受け次第向かうぞ」  正装を纏った黒鉄は見違えた。ボサボサだった髪は毛先まで纏まり、精悍な顔立ちをより引き立てた。そして誰よりも大きい角は黒く艶めき陽の光を浴びて輝く。百華の島にいた時の荒々しさは影を潜め、武家人としての気品に溢れていた。 「どうした。惚けた顔をして」 「普段の黒鉄様も素敵でしたが、今の黒鉄様もとても素敵で……思わず見惚れてしまいました」 「正装は動きにくくて敵わん。だが眞白がそう言うのであれば少しくらい我慢しよう」  刀を腰に差しながら黒鉄は袴を直したり襟元を気にしたりと窮屈そうな顔をしていた。眞白も黒鉄に合わせて鬼守の村から持たされた礼装を着たが、久々に感じる帯の締め付けと緊張のせいで少し呼吸がしづらい。それも慣れてきた頃にようやく城に人が集まったという知らせがきた。用意されていた大きな駕籠に黒鉄と乗り込む。駕籠はすぐに出発し、黒鉄の同胞の鬼を引き連れ双銀城に向かう。  城下町に差し掛かると鬼の仰々しい行列が珍しいらしく外が一気に騒がしくなった。窓の隙間から外の様子を覗き見ると町人達がこちらに目を向けている。 「どうやら昨晩のことが噂で出回っているらしい。一体どこから漏れ出たかは分からんが、今朝から街で騒ぎになっていると聞いた」 「どおりで町が慌ただしいのですね。贄として初めてこの町に来た時を思い出します」  あの時の眞白は贄として外の世界に連れ出され、頼れる人もなく黙って「人喰い鬼」の元へ運ばれるしかなかった。だが今は黒鉄が隣にいる。どんな未来が待ち受けていても愛する人の隣ならば怖くない。 「まだ将軍が討たれたというのを町人は知らぬようだ。だが……人喰い鬼が暴れた、なんて噂で持ちきりらしいな」 「そんな中、堂々と町を通って大丈夫でしょうか?」 「人間や鬼守の中で俺の素顔を知る者はいない。さらに言えば幕府の鬼達も俺の姿を見た者は半分もいないからな。俺が島流しにあった後に生まれた連中もいる」  話しているうちに二人を乗せた駕籠が双銀城に辿り着いたようだ。駕籠が降ろされ引き戸が開く。黒鉄が先に降り、それに続いて眞白も降りた。  見張りの役人達には事前に話をつけていたらしく、見知らぬ鬼である黒鉄と白髪に赤目の眞白を訝しげな目で見ながらも通した。 「眞白、安心しろ。何があっても俺が守る」  黒鉄はこちらを見ずに目線を前に向けたまま歩みを進めた。眞白は道を切り拓くように歩む勇敢な背から確かな覚悟が滲んでいた。  辿り着いたのは大広間だった。どうやらここに大名や豪商達が集まっていたらしい。黒鉄が声をかけることなく襖を開けると、中で話し合いをしていたであろう人々の視線が一斉にこちらを向いた。 「何奴!」  見た感じだと鬼が半分、あとは人間、少数だが鬼守の姿もある。鬼達は突然現れた黒鉄に刀を抜き、人間や鬼守達は怯えた目でこちらを見ていた。眞白はその中から見覚えのある顔を見つけた。 「眞白……?」 「村長!」  眞白の顔を見るなり大声を鬼守の老人が声を上げた。生まれ育った宝珠の村の村長だ。どうやら付近にある鬼守の村の長達も話し合いに呼ばれたらしい。 「眞白、何故ここに? 将軍様が討たれたと聞いて心配で……番であるお前も巻き込まれたんじゃないかと、村のみんなも気が気ではなくてな」  村長は眞白が刃鉄ではなく黒鉄の元へと贈られたことを知らない。心配をかけてしまったことが申し訳なくなり、思わず目を伏せた。 「……全て俺の口から話そう」  眞白を庇うようにして一歩前に進む。以前として鬼達は刀をこちらに向けている。だが黒鉄は怯む様子もなかった。反対に奥に座っていた位の高そうな鬼達は慌てているのを隠せていなかった。 「何故、貴様が……」 「俺が島に流されてから随分と偉くなったようだが、お前達も兄の悪行に加担していたのか?」  黒鉄がギロリと睨みを効かせると鬼達は震え上がり身を縮こませた。部屋の空気が一気に凍りつく。刀を構える者達も思わず後退りをした。 「鬼の一族以外の者は私のことを知らないだろう。……俺は将軍刃鉄の弟、黒鉄だ。お前達の間では〝人喰い鬼〟と名乗った方が分かりやすいか」  人喰い鬼の名を聞いた途端に場にいたほとんどの者が顔を真っ青にした。耀の国の民なら自然な反応だ。 「大罪人が何故ここにいる!」  一番奥にいた鬼が声を張り上げる。だがその声は情けなくうわずった。 「今日は兄、幕府……鬼の一族が五百年前の戦から今まで冒し続けた罪を懺悔しに参った。人間も鬼守も、そして五百年前の戦を知らぬ鬼達もどうか俺の話を聞いてほしい」  黒鉄は刀を置くとその場に座った。眞白もその隣に座る。丸腰になった黒鉄を見て刀を構えていた鬼達もしばらく様子を見て刀を鞘に納めた。 「五百年前。俺達鬼はある一族を侵略し、支配下に置いた。そして幕府はその一族へ非道とも言える行いをした」  家臣の一人が歩み出て大量の書物を目の前に置いた。そしてその内の一冊を開く。さらには巻物を広げた。そこには鬼が鬼守に対して行ったことがこと細かに書かれていた。 「な……! 何故それを!」  一部の鬼達が慌てふためく。彼らはどれも位の高そうな装いをして、歳も他の鬼達より上に見えた。彼らは隠蔽された歴史を知っているようだった。 「幕府はこれを全て処分したつもりでいたのだろう。だが処分される前に俺が一部を持ち去った。いつか来る日のためにな」  百華の島の小屋にあった書物は黒鉄が密かに持ち去った幕府の悪事の証拠だったらしい。あの古ぼけた書物の山を思い出し、眞白は一人納得した。 「この青い目は我々なのか?」  中でも一番動揺していたのは鬼守の一族の長達だった。鬼達に隠された真実を上手く処理しきれない様子だ。 「鬼守は、鬼達に救われて今日まで生きながらえた。それが一族に伝わる歴史だったのだが」 「それは長い年月をかけて鬼守や人間にかけた洗脳だ。この書物達が消えた歴史を代弁してくれる」 「騙されるな! コイツは人喰い鬼だぞ! 五百年前に大罪を犯した張本人だ。嘘ならいくらでもつける!」 「……では、これはどう説明する」  黒鉄は次に紙の束を目の前に差し出した。紙はまだ真新しく、今の時代のものだと分かる。そこには名前がびっしりと書かれていた。何かの名簿のようだ。名前の中には上から線を引かれ消されたものもある。 「これはうちの村人たちの名前……線で消されているのは神隠しにあった者達だ!」 「いかにも。これは幕府が秘密裏にまとめていた名簿だ。鬼守の村で起こっていた神隠しは幕府の仕業だ。これに関してはここにいる眞白が囚われの鬼守達をこの目で見ている。彼の証言を元に、調べた結果これが出てきた」  人々の目が一斉に奥の鬼達の方を向いた。顔を引き攣らせる者もいれば、激昂し顔を真っ赤にする者もいる。 「これは幕府の中枢、老中の中でも将軍に近い者しか知らなかったようだ。当時老中の一人だった刃鉄の臣下の者達……今の古株の老中達だな」 「いい加減なことを言うな! 私達は何も知らぬ!」 「嘘を吐き通せると思うなよ。お前達のことは全て調べてある。眞白が刃鉄から聞いた通りだったな。お前らは攫った鬼守を売ったり、拷問に近い実験を繰り返していたようだな」 「書物ならいくらでも偽装できる。それにそこの白いのが嘘をついているか、脅されて口にしているだけではないのか?」  老中達がどうにかして黒鉄の証言を嘘にしたがっている。確かに彼らが言う通り、紙などの証拠はやろうと思えば偽造できる。しかし黒鉄は向こうの指摘に動揺しておらず、むしろ勝機を見出したような顔をしていた。眞白の視線に気付いたのか、声を出さずに語りかけてきた。 (案ずるな。俺は負けない)  黒鉄は誰よりも強い。それは眞白が一番よく知っている。今はただ側にいて黒鉄を見守るのが眞白の使命だ。
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