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「……ならば、この者達の話を聞こうか」  誰かが歩み寄ってくる気配を感じて振り向くと、黒鉄の家臣が鬼守を連れ立っていた。昨晩、地下牢に閉じ込められていた鬼守だ。その他にも牢では見ていない顔ぶれもいる。 「言える範囲で構わないから、お前達の身に起こったことを聞かせてくれないか?」  すると鬼守の少女が前に歩み出た。眞白と同郷の少女だ。 「私は村から連れ去られ、この城の地下牢に閉じ込められていました! 満足な食事も与えられずに、明日どうなっているか不安で仕方なかった!」 「俺も連れ去られて、変な薬を飲まされ腹痛に苦しみ続けた!」 「僕も……捕らえられてしばらくしたら、牢から出されて船に乗せられた! この人達が助けてくれなかったらと思うと……」  鬼守達は涙を浮かべながら自分達に起こったことを話し始める。どれだけ怖い思いをしたかが手に取るように分かった。 「黒鉄殿が仰ることが本当なら……これは由々しき事態ですぞ」 「我々鬼守を騙していたのか! どう責任を取る!」 「まさか我が一族がこんな外道なことを……」 「将軍を出せ! 全て説明してもらおうか!」 「……兄は、生きているのか?」  刃鉄が生きているような口ぶりに黒鉄は目を見開き驚きを露わにする。 「昨日、何者かに切りつけられ深手を負った。一命を取り留めたが、まだ話せる状態ではない」 「……兄を斬ったのは、俺だ」  黒鉄が白状したことで再びどよめきが起こる。だが誰も黒鉄を捕らえようとしない。今まで裏で行っていた悪事が暴かれたことで怒りの矛先は刃鉄に向いていた。 「俺の一番大切な者を奪われたので取り返した。この者も兄の行いによる被害者の一人だ。眞白がもし俺の元に来なければ、俺は兄が今も非道な行いをしているのを知らなかっただろう。兄を斬ったことを、後悔していない」  しばらく沈黙が続く。誰もがどう口を開いていいか分からない様子だ。その沈黙を破ったのは眞白を育てた鬼守の村長だった。 「黒鉄殿の言う通りだ。こうして真実を明るみにしてくれなければ、我々は何も知らずに生きてきただろう。だが真実を知った今、我々はどうすればいい?」  目線が一斉に黒鉄へ向いた。ここにいる全員が黒鉄の答えを待っている。黒鉄は辺りを見渡した後、静かに口を開いた。 「この国を俺に任せてほしい」  金色の瞳には確かな覚悟が宿っていた。 「我が一族が行った歴史の改竄を全て明るみに出す。そしてその上で今まで鬼守に対して行っていた残虐行為が二度と起きないよう、開かれた幕府を作ろう」 「口だけでは何とでも言えるが、打開策はあるのか?」  豪商の中にはまだ疑っている者もいるようで、そのうちの一人が黒鉄を問い詰める。 「鬼守……いや、碧の一族と人の一族からそれぞれ代表を選出し幕府の重役に任命する。これなら鬼の一族に権力が集まることなく、三つの種族が対等に政治に関わることが出来る」 「お互いが権力を持ち、監視し合うと言うわけだな?」 「新たに人権に関わる法律を作り、対等に利を得られる仕組みを整備しよう。どの種族に生まれても自分の生きる道を選べるような世界を、我々の代で築き上げるのだ」  黒鉄の言葉に鬼守改め、碧の一族の村長達が拍手を送った。そして人の一族達、そして若い鬼達もそれに倣い部屋中に拍手が響き渡る。 「今こそ三つの種族が力を合わせる時。人よ、そして碧の者達よ。力添えに感謝する」  黒鉄は深々と頭を下げた。拍手はいつまでも鳴り止まない。面を上げた黒鉄の目は新しい時代の幕開けを見据えているようだった。  三つの種族の話し合いが終わった後、眞白は黒鉄と一度別れて宝珠の村へと帰った。  村人達は眞白の帰還に戸惑いを見せていた。しかし黒鉄と出会ってから双銀城で起こったことを全て話すと、村人達は驚きながらも眞白の無事を喜んだ。  黒鉄は前将軍の刃鉄や残虐行為に加担した者の処分などの後処理、そして人の一族の代表を決める話し合いなどの仕事に精を出している。その間に眞白は近隣の碧の一族の村を回った。鬼が経緯を説明するよりも、眞白が説明をした方が安心して聞き入れることが出来ると黒鉄にこの役目を与えられた。  村人の中には事実を受け入れられない者や鬼への敵意を露わにする者も少なくなかったが、黒鉄が言っていた「焦ることなく地道に続ければきっと道は開ける」という言葉を支えに根気よく一人一人に語った。すぐに受け入れられずとも黒鉄が目指す自由で平等な世界を実現するためと思えば逃げずに向き合うことが出来た。  碧の村を全て訪ね終わった後は、宝珠の村で黒鉄の迎えを待った。もう人攫いに怯えなくてもいいので、眞白は村を自由に出歩き他の村人と共に過ごす。 「眞白、お茶を飲むかい?」 「飲む!」 「おやつに豆を炒ったのもあるよ」 「やったぁ!」  村長が出してくれたお茶を啜ると程よい苦味が広がる。そして豆を頬張ると香ばしさが鼻を抜けた。空を見上げると月が出始めていて、あと三日もすれば満月を迎える。 「黒鉄殿が迎えにくるまでもうすぐだな」 「うん。その間は今まで村で出来なかったことを楽しむよ」  満月の夜に黒鉄が迎えに来る。黒鉄がいない半月は思った以上に長く感じた。これだけ月が満ちるのを待ち遠しく思ったのは初めてだ。 「……眞白よ」  村長が眞白の顔を神妙な面持ちで見つめる。今まで見たことない村長の様子に眞白も姿勢を正す。 「私達はお前が将軍の贄として相応しいように、そして番として生涯を幸せで終えられるように、お前の幸せを願い育ててきた。もちろん、他の贄になった者達に対してもそうだ」 「十分に伝わってるよ」 「だが、私達は本当の歴史も知らずに……年頃のお前を自由を奪った。悔やんでも悔やみきれん」  後悔や後ろめたさが痛いほどに伝わってくる。村長は誰よりも眞白や村人達のことを考えてくれていた。丸まった背中から滲み出る翳りに眞白は思わず身を乗り出した。 「村長も僕も何も知らなかっただけだよ。それに村で歌や踊りを教えてもらって本当に良かったと思ってる。教えてもらった歌や踊りを黒鉄様は喜んでくれたんだ。それに今まで外に出れなかった分はこれから取り返していけるよ」  目を伏せたままの村長の手を両手で握った。この骨張ってしわしわの手から沢山の愛情を注いでもらった。 「だから悲しい顔しないで。これからは碧の一族としての幸せをみんなで見つけていこう」 「……不思議だ。お前が笑うとそれだけで心が晴れる。前を向く力をもらえるな」  村長が月を見上げながら茶を啜った。そして空になった湯呑みを置き眞白に微笑みかける。その表情はどこか吹っ切れていた。 「私達はお前の幸せを切に願うよ。一族のことは私達が責任を持つから、眞白は眞白の生きる道を選びなさい。何かあったらいつでも帰っておいで」  眞白はただ黙って頷いた。見上げれば夜空に星々が散り、一つ一つが精一杯輝いている。月が満ちるのが待ち遠しい。黒鉄と共にこの星達を見上げたいと思う。眞白の幸せはきっと黒鉄の隣にある。 「村長、ありがとう。僕はきっと幸せになるよ。多分、村長もびっくりするくらいに」  夜の風は少し冷たい。でも村長の優しさが温かかったから少しも寒くなかった。そろそろ寝る支度をしようとした時、遠くの方に人が集まっているのが見えた。暗がりだと何が起こっているのか確認出来ない。一人、また一人と人が集まっていく。村長もそれに気付いたようで立ち上がると騒ぎのする方へと足を進めた。眞白もその後を追う。 「夜も遅いというのに随分な騒ぎだな」 「悪い騒ぎじゃないといいけど……」  近づくにつれ、騒ぎの輪の中に馬に乗った男がいるのが見えてきた。その男の頭には大きな角が生えていて、すぐにその影の正体が鬼の一族だと分かった。歩みを進めるごとに影の輪郭ははっきりとしていき、眞白の焦がれるほどに会いたかったあの人だと分かると前にいた村長を追い抜いてその影に駆け寄る。
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