19. 母なるもの 1

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 電話をかけているあいだの爽希さんは、(はた)から見ても気の毒でしかたなかった。  怒鳴り声らしきものが距離を取っているあたしにも聞こえてきたくらいで、なんなら途中で爽希さんが耳から電話をしばらく離したくらいだった。  それでもとにかく、最後には相手を説得できたらしい。 (さすが腐っても社長。交渉上手)  あたしはついつい感心してしまった。 「これから車で迎えに来るそうだ。それまではこの家で待ってなさい。そのあいだに僕はちょっと仕事を済ます。まったく、たまたま用事ができて戻ってきてなかったら、いったいどうなってたか……」  嫌味ったらしい口調で言いながら、あたしを見る。  言い方はどうあれ、指摘自体はまったくもってその通りなので、あたしは恐縮して頭を下げるしかなかった。  正嗣君はもう静かに鼻をすすっているだけになっていたけど、泣き疲れたのか、ちょっと眠そうだ。志麻さんは相変わらず、その背に手を添えてあげている。  雲雀さんはどこ吹く風、といった表情でお茶をすすっているけど、どうやら成り行きを見届けるつもりらしく、部屋に戻る気配はない。  あたしもこの時点でこの場を離れるにはいかないだろうと判断して、空いていたほうのソファの隅に腰をおろした。  ただ、これがちょっと失敗だった。  電話を終えた爽希さんが、反対側の隅にどさりと座ったからだ。  さっきまで糾弾してきていた相手と、まあまあ近くに座って待つ羽目になってしまった。 (うう……)  そりゃまあ、『家族』に憧れはあったけど。 (まさかこの手のトラブルの渦中の人間になるとは)  人生、一寸先は闇。
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