19. 母なるもの 1

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 芙蓉さんが到着したのは、それから三時間ほどたった頃だった。  せわしなく鳴るインターホンの呼び出し音に、志麻さんがあわててドアを開けに行く。  すぐに、ヒステリックに叫ぶ女性の声が聞こえてきた。リビングにまで響き渡るような声量なのは、元気というかなんというか。  ただ、その声が聞こえてきたと同時に、それまでおとなしく座っていた正嗣くんが、キョロキョロとあちこちを見回し、今すぐ逃げたいといでもいうように中腰になったのにあたしは気づいた。  あの声にいつもさらされ、逃げ場を探すのが、身についた習性になってしまっているのだろう。  本来ならわがまま言い放題の年頃だろうに、なんだか気の毒だった。 「正嗣!」  部屋に姿を現した芙蓉さんは、開口一番大きく叫んだ。  さっきまであんなに怒鳴り散らしてなお、まだこのボリュームの声を出せるとは。 (なんて体力ある人だろ)  あたしは思わず感心してしまう。  一方、正嗣くんといえば、案の定というか、身体を縮こまらせて、できることならソファの隙間に潜りたそうにしている。  どう見ても、護ってあげなきゃいけない小動物のようだ。  でも、さっきまで寄り添っていた志麻さんは芙蓉さんの背後にいるので、こうなったら、あたしが代わりになるしかない。  立ち上がるとちょっと挑発的すぎる気がして、謎の中腰であたしは移動し、向かいのソファに座って正嗣くんの手を握った。  雲雀さんも、車いすの角度を微妙に変えた。  もしも突っ込んできたりしたら、おそらくブロックできるように、だ。  それぞれがそんな風に動いたら、意外なことが起こった。  芙蓉さんが、口を噤んだのだ。  その顔に、鼻白んだ表情が一瞬浮かんだのを、あたしは見逃さなかった。
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