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「ある朝、あたしと息子はささいなことから、ケンカをしました。学校に行く前の時間で、息子はそのまま学校へ行きました。その途中で、突っ込んできた車に轢かれたんです。即死でした」
そんな、聞いているだけでもひどい出来事を、妙に淡々とした口調で話すのが信じられない。
あまりにも苦しい記憶には、意外とこんな態度になってしまうのかもしれない。
「ケンカのせいで遅刻しそうになって、いつもとは違う近道を……、通り抜けの車がスピードを出したまま入ってくる、狭い裏道をひとりで走っていたところだったそうです。もし、もしも……」
志麻さんの顔がゆがむ。
「いつも、そこを通らないように言い聞かせていたんです。もしも、あの日ケンカなんかしなければ。もしも、遅刻しそうなら車で送ってやっていれば……。何度でも、何度でも、考えてしまいます。でも、帰ってこないんです。いくら考えても、後悔しても、一度失ってしまったら、もう戻ってはこないんです。どうかよく考えてください!」
最後のほうは、もう、哀願に近い。
あたしはふと、お昼のメニューのことを思い出した。
いつもとは違う傾向の、オムライスや肉団子、星の形のニンジン……、あれはもしかして、自分の子供にやってあげたかったことなのかもしれない。
芙蓉さんはといえば、志麻さんの迫力に呑まれてしまったのか、しばらくのあいだ黙っていた。
でも、ふと我に返ったらしい。
肩をいからせ、あたしに向かってきた。正確にいれば、あたしの背後にいる正嗣くんに、だけど。
(うわっ)
あたしは思わず後ろに下がった。
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