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でもまさかそんな提案をされるとは思ってもみなかったから、あたしはつい喉をつまらせそうになって、あわててグラスを置いた。
「そんなに、商品価値があるネタなんですか? 実名だって使えないでしょうし、そこまで追いかける必要はないんじゃないですか」
「バッカ、おまえ」
堀田さんはそれだけ言ってから、思いっきりハイボールを飲んだ。
「実名なんてこっちが使わなくても、どっかの物好きが特定してくれるだろ。それより、今の時代は恵まれた人間が四苦八苦してるのを見たがる読者が多いんだよ」
「そんなもんですか?」
「おいおい、ずっと記者やってる人間の勘をなめるなよ。マジで需要があるんだって。留見子さんだったら、ここで手を緩めたりはしなかっただろうな」
(うう……)
母のことを言われると、あたしは瞬時に落ち込むしかない。
それに結局、なんらかの稼ぐ手段はすぐにでも見つけなきゃならない立場なんだ。
なんだか、急に店の中のざわめきが、耳の中に押し寄せてきたような感覚がした。
(もしも、堀田さんに見捨てられたら)
(『弟子失格』だって思われたら)
あたしと繋がってくれてる人は、誰もいなくなる。
仕事がなくなることより、裏切り者とののしられることより、あたしには、それが一番怖い。
「どうする。やるか?」
「……はい」
正直、気乗りはしない。
でも、きっと母だって、そんな経験を積んでいって、いい記者になったんだろう。
(ここは、耐えなきゃいけない場面なんだ、きっと)
あたしはそうやって無理やり自分を納得させた。
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