23. 母を知る人 1

2/6
前へ
/189ページ
次へ
 店を出て、堀田さんと別れ、しばらく歩いたときだった。 「あの」  背後から、声をかけれらた。  一瞬ちょっと警戒したけど、女性の声だったから、あたしは足を止めて振り返った。 (あっ……!)  そこで、驚いた。  知った人間だったからだ。  いや、正確に言えば、こっちが一方的に知っていた人間。 「もしかして、鏑木(かぶらぎ)さん……ですか?」  あたしは思わず身を乗り出すようにして訊いた。 「あ……ああ、え? はい、そうですけど……」  相手は戸惑って何度も瞬きをする。  まあ、自分から声をかけた人間にいきなり押し迫られたら、そんな反応にもなるだろう。 「あの、いつも読んでます」  あたしは勢いよく言った。  そう。この女性は、『惨地巡礼』という、事件物……というか、事件が起きた後のことや影響みたいなのをテーマにしたルポルタージュシリーズの著者だ。流行してるようなタイプの本じゃないけど、評価はされていてコンスタントに新刊が出てる。  そしてなにより、あたしが尊敬しているノンフィクション作家のひとりだ。  あたしが螺旋邸から引き上げてきた荷物のなかにも、最新刊が入っている。  だから、びっくりはしているけど、そんなことより目の間に突然現れた憧れの存在に、働きかけをすることのほうが、当然優先順位が高かった。  とは言え相手はそんなこと知らないから、あたしの勢いに驚いたようだった。 「あ、ありがとう。……ところで」  でも鏑木さんはすぐに戸惑いをなくし、落ち着いた声で雰囲気を一瞬で切り替えた。 「あなた……、もしかして、沖津留見子さんの娘さん?」 (えっ……)  思ってもみなかったことを訊かれ、今度こそ、さすがにあたしも声を失った。 (なんで、お母さんの名前を知ってるの)
/189ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加