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店を出て、堀田さんと別れ、しばらく歩いたときだった。
「あの」
背後から、声をかけれらた。
一瞬ちょっと警戒したけど、女性の声だったから、あたしは足を止めて振り返った。
(あっ……!)
そこで、驚いた。
知った人間だったからだ。
いや、正確に言えば、こっちが一方的に知っていた人間。
「もしかして、鏑木さん……ですか?」
あたしは思わず身を乗り出すようにして訊いた。
「あ……ああ、え? はい、そうですけど……」
相手は戸惑って何度も瞬きをする。
まあ、自分から声をかけた人間にいきなり押し迫られたら、そんな反応にもなるだろう。
「あの、いつも読んでます」
あたしは勢いよく言った。
そう。この女性は、『惨地巡礼』という、事件物……というか、事件が起きた後のことや影響みたいなのをテーマにしたルポルタージュシリーズの著者だ。流行してるようなタイプの本じゃないけど、評価はされていてコンスタントに新刊が出てる。
そしてなにより、あたしが尊敬しているノンフィクション作家のひとりだ。
あたしが螺旋邸から引き上げてきた荷物のなかにも、最新刊が入っている。
だから、びっくりはしているけど、そんなことより目の間に突然現れた憧れの存在に、働きかけをすることのほうが、当然優先順位が高かった。
とは言え相手はそんなこと知らないから、あたしの勢いに驚いたようだった。
「あ、ありがとう。……ところで」
でも鏑木さんはすぐに戸惑いをなくし、落ち着いた声で雰囲気を一瞬で切り替えた。
「あなた……、もしかして、沖津留見子さんの娘さん?」
(えっ……)
思ってもみなかったことを訊かれ、今度こそ、さすがにあたしも声を失った。
(なんで、お母さんの名前を知ってるの)
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