25. 残された日記

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 ホテルに戻るとすぐに、教えてもらったアドレスにアクセスした。  エッセイというよりは、日記に近い内容の短い文章が、毎日更新されている。 『今日は新しい離乳食を試してみた。気に入ったらしく、歌みたいな調子の音をたててる。まるで柔らかい楽器みたいだ』 『洗濯物をたたんでいたら、急に膝に乗ってきて、タオルを払い落とした。こっちに構えってことらしい。やきもちなんだ。面白い』 『散歩の途中、道端に咲いていた菜の花の前にしゃがんで動かなかった。ただ見てるだけだし、帰ろう、と言っても動かない。じゃあ摘んで持って帰ろうかとしたら、首を振った。この子なりの理屈がなにかあるのだろうか。こんな小さい身体に、それなりの人生経験を積んだはずの自分にもわからない理屈が息づいているのかと思うと、不思議な気分だ』  あたしがなにを食べたとか、できるようになったとか、話をできるようになったとか……。そんなささいなことが、柔らかい筆致で、毎日綴られている。  正直、あたしにこの頃の記憶はない。  でも今までずっと、親からの愛を知らないと思って過ごしてきた身には、ひとつひとつの書き込みを、心の真ん中にあるスポンジが、どんどん吸い取っていくようだ。  そう、まるで欠落していた記憶が、ものすごい勢いで補完され、埋められていくようで、頭がクラクラしてくる。
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