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芙蓉さんは苦々しい表情だ。
顔立ちだけなら整っているとも言えると思うんだけど、長いあいだずっと、こんな表情ばかりしていたのだろう。
見ているこちらを不快にさせるような皴が、顔のあちこちに刻まれていた。
「あたしは堕ろさせろ、って言ったのよ。でもきっと、あの女にうまいこと言いくるめられたのね。旦那は産むことを許しちゃったの。それがすべての間違いよ」
(うーん……)
(そんな風に簡単に言っちゃっていい問題かなあ)
あたしはいまいち芙蓉さんの言い分に同調できない。
なんというのか、子供ひとりの命を、大人の都合でどうとでもしていいと思っているような雰囲気は感じた。
(お母さんがこんな感じで、正嗣くん、大丈夫なのかな)
あたしはなんだか、余計な心配までしてしまう。
「でも、爽希さんたちはご自分たちの生活で満足しているように見えましたけど。今のままで十分、裕福そうでしたし」
「あんた、バカね」
じろりと睨まれた。
「財産なんて、いくらあっても困るもんじゃないでしょ」
(そういうもんかあ)
とにかく、あたしは遺産の類とはまったく縁がなく生きてきた。
なので、自分の稼ぎであれだけ稼げているんなら、こんな面倒くさい人を相手にしてまで相続したいと思うものなのか、正直ピンとこない。
なんだか、爽希さんたちの言い分もちゃんと聞いていない状態で、芙蓉さんが警戒心を必要以上に募らせているようにも見える。
(でも、まだ本当のところはわからない)
集音管だのなんだのを組み込んだ家で暮らしている人たちだ。
あたしが思っているよりずっと、陰で色々な小細工をしているのかもしれない。
そうこうしているうち、やがて、車は見慣れた家の前に着いた。
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