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「あの日は、春とは思えないほど、冷え込んだ日でした」
爽希さんはどこかフワフワとした口調で始めた。
芙蓉さんはなにか言いかけたが、やめたらしい。
彼女にしても、真相は知りたいのだろう。
「雲雀はその日、中学の卒業式でした。僕も出席する予定でしたが、急な仕事が入ったせいで、式に間に合いませんでした。だから、雲雀はひとりで家に帰ってました」
妙に淡々とした態度。
「仕事なんて、放っておけばよかった。何度、後悔したことか」
その態度がかえって、なんだか底知れないものをあたしに感じさせる。
でも実際のところそれがなんなのか、見ているだけでは判断は難しかったけれど。
(『怖い』? 『悔しい』? 『悲しい』?)
そのどれでもあるようにも思えたし、まったく違うようにも思える。
ただ、耳を傾け続けることでしか、はっきり知ることはできないような気がした。
「僕はせめて雲雀に謝ろうと、家に向かいました。そして、玄関を入ったときに、声が聞こえたんです。雲雀が、あの男に脅されている声が」
「あの男、ですって!? ちゃんと名前を言いなさいよ!」
芙蓉さんが鼻息荒く言う。
まあつまり、大基さんのことなんだろう。
「嫌ですね」
でも、爽希さんは取り合わなかった。
「そもそも、勝手にこの家に入ることができたのが、おかしかったんですよね。そう。その頃雇っていた家政婦が、あなたと繋がっていたことは、後から知りました。彼女が招き入れたそうじゃないですか」
(じゃあ、そもそも……?)
あたしは、ふたりの顔を交互に見た。
爽希さんはあいかわらず毅然としたままだったけど、芙蓉さんはみるみるうちに顔色が悪くなっていった。
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