34. あの日のこと 1

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「あの日は、春とは思えないほど、冷え込んだ日でした」  爽希さんはどこかフワフワとした口調で始めた。  芙蓉さんはなにか言いかけたが、やめたらしい。  彼女にしても、真相は知りたいのだろう。 「雲雀はその日、中学の卒業式でした。僕も出席する予定でしたが、急な仕事が入ったせいで、式に間に合いませんでした。だから、雲雀はひとりで家に帰ってました」  妙に淡々とした態度。 「仕事なんて、放っておけばよかった。何度、後悔したことか」  その態度がかえって、なんだか底知れないものをあたしに感じさせる。  でも実際のところそれがなんなのか、見ているだけでは判断は難しかったけれど。 (『怖い』? 『悔しい』? 『悲しい』?)  そのどれでもあるようにも思えたし、まったく違うようにも思える。  ただ、耳を傾け続けることでしか、はっきり知ることはできないような気がした。 「僕はせめて雲雀に謝ろうと、家に向かいました。そして、玄関を入ったときに、声が聞こえたんです。雲雀が、あの男に脅されている声が」 「あの男、ですって!? ちゃんと名前を言いなさいよ!」  芙蓉さんが鼻息荒く言う。  まあつまり、大基さんのことなんだろう。 「嫌ですね」  でも、爽希さんは取り合わなかった。 「そもそも、勝手にこの家に入ることができたのが、おかしかったんですよね。そう。その頃雇っていた家政婦が、あなたと繋がっていたことは、後から知りました。彼女が招き入れたそうじゃないですか」 (じゃあ、そもそも……?)  あたしは、ふたりの顔を交互に見た。  爽希さんはあいかわらず毅然としたままだったけど、芙蓉さんはみるみるうちに顔色が悪くなっていった。
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