35. あの日のこと 2

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「雲雀はねえ、十五歳でした」  爽希さんは、懐かしむように目を細めた。 「進学する高校も決まっていて、将来は大学に進み、経営を学ぶと、夢を語ってくれてました。僕の仕事を手伝ってくれるって」 (ああ、そんなことがあったんだ)  今でも、その夢は捨ててないんだ。  だから、独学でべんきょうを続けてたんだ。 「まだまだ子供みたいで、オシャレや恋愛の話なんかも、ためらいながらも好奇心を隠せない、そんな年頃でした」  ここで、爽希さんの表情が歪む。 「その雲雀に向かって、あの男がなんて言ってたと思います?」 「な、なによ……」  迫力に、芙蓉さんは心なし身を引きながら、なんとか言葉を返す。 「『卒業祝いだ』。そう、言ってましたよ。『卒業祝いに、女にしてやる』。『股が緩い女の産んだ娘に、ふさわしいプレゼントだろ、感謝しろ』って」 (はああああ!?)  ただ聞いているだけで、あたしは怒りで歯ぎしりをしてしまった。 (なんだ、その論理) 「なんでもこの家の権利書が、階段の上の部屋にあると知って、最初は雲雀に案内させようと脅したそうです。それを拒絶しているうちに、そんな態度に出たと」  ここで突然、爽希さんは乾いた笑いをたてた。  正直、ぞっとくる笑い方だった。 「あの子は、制服のまま、階段でレイプされてました。母親違いとはいえ、実の兄に。僕は彼女を助けたかった。そのために、あの男を落とすために、からくりを作動させた……」  そう話す爽希さんの顔は、妙に美しかった。  造形の美しさじゃない。  覚悟を決めた人間の、欲も自衛もなにもかもを削ぎ落としたゆえの、美しさ。  見とれてはいけない。  それでも、惹きつけられずにいられない。
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