36. あの日のこと 3

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「もう、いいかげん、終わりにしませんか」  爽希さんが、疲れたように言う。 「あなたには、もう十分な財産があるでしょう。それに僕たちは再三言っているように、そちらの家も財産も、たとえわずかでも、貰うつもりはありません。信用できないというなら、相続放棄の手続きを取ってもいいです。だから、もう、こちらにちょっかいをかけるのを、やめていただきたい」 「そんなの……」  芙蓉さんは、納得がいかない様子だ。 「どうやら正嗣くんは、素直な性格に育っているようでしたよね。彼なら、呪いから解き放たれることができるでしょう。それで満足してくださいませんか」 「できるわけないでしょう! あんたは人殺しでしょ! ちゃんと罪を償いなさいよ!」 「……償ったら、もう、手出しをやめてくれますか?」  爽希さんが、真顔で問いかけた。  まさか、そんな返事がくるとは思っていなかったのか、芙蓉さんの次の言葉は、見当はずれのものだった。 「言い訳はもういいから!」  たぶん、たくさんの言い訳が返ってくると、思いこんでいたままなんだろう。  きっと自分だったらそうするから。 「……言い訳、してませんけど」  あたしは思わず、口をはさんでしまった。  これには爽希さんも驚いたのか、ふたり同時に、あたしを強い視線で見た。 「償うつもりがある、って言ってますよ」  あたしは芙蓉さんをじっと見つめたあと、今度は爽希さんを見つめた。 「それは、警察に出頭して、裁判を経て、下される罰に応じるつもりがある、ということですよね」  頷いた。 「じゃあ……」 「ダメ!」  そこで急に、雲雀さんの声が響いた。  見下ろすと、車椅子から飛び出そうとでもするかのように前のめりになっている身体を、いつの間にか来ていた志麻さんが、抱えるようにして必死に止めている。
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