36. あの日のこと 3

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「ダメよ、兄さん!」  爽希さんは、芙蓉さんを一瞥したあと立ち上がり、ゆっくりと階段を降り始めた。 「それじゃ、あたしは……」  なにかを言いかけ、車椅子を走らせる雲雀さん。  でも、その前に立った爽希さんは、ゆっくりと首を振った。 「いいんだ、雲雀。今まで何事もなかったような振りを続けてきたけど、もう、限界だと思う」 「でも!」 「雲雀。相談がある」 「な……、なに」 「会社を、引き継いでくれないか。僕が罪を償っているあいだ」 「えっ」 「独学で、経営のことを勉強してるのは知ってる。必要なアドバイスがあれば、獄中からでもできる限り答える。だから、頼まれてくれないか」 「で、でも……。そんな」  雲雀さんが口ごもっているうちに、芙蓉さんも降りてきていた。  すると、爽希さんは振り返り、こう言った。 「これでいいですか。もう我々にちょっかいをかけないと、誓約書を書いてくれますか。こちらは代わりに、相続放棄の書類を書きましょう」  さらには、皮肉な笑みを浮かべる。 「ああ、ちなみにこれは、あなたのためじゃありません。正嗣くんのためです。よくお考えになってください」  正嗣くんのため、という言葉が、芙蓉さんにはどうやら効くようだ。爽希さんはその名前をかなり強調した。 「この取引が成立するなら、彼の父親が本当は誰なのかも、追及しないでおきます」 (うわ、マジか)  これは爆弾発言だろう。  実際、芙蓉さんは絶句して立ちすくんでいた。  つまり、まあ、図星なんだろう。 (まさか……、堀田さんじゃないだろうなあ?)  あたしは思ったが、もう、そこを追求する気は起きなかった。  なんていうのかもう、こういう他人を陥れて自分の利益にしたがるような人たちに、関わりあいたくない。たとえ根性なしと言われようとも。 (あたしが関りたいのは……)
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