37. 『家族』

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 だって……。 (もう、嫌だ)  思い出したのは、町工場の経営者一家とのこと。 (もう、『家族』を失うのは、嫌だ)  そうだ。  あたしは今、自分が一番欲しかったものがなんなのか、はっきりとわかった。  疑似でもいい。  血をわけあってなくてもいい。  ただ、『家族』と呼べるもの。  それがずっと、欲しかったんだ。  それを手に入れたかもしれない、と思ったのに、あっというまに指のあいだ(こぼ)れ落ちていった、あの感覚。  あれをもう二度と、味わいたくなかった。 (それぐらいなら、いくらでもしがみついてやる)  そう。  善意、じゃない。  あたしはあたしの身勝手で、この家に関わろうとしているだけだった。 「気にしません。爽希さんが償いを終えるまで、雲雀さんたちと一緒に、待っていられます」  この家の人たちが好きなのも、たしかではある。  でもそれにはいつしか、執着のようなものが混じってきていたんだろう。  それを、今、感じている。 (ああ、あたしって、こんなに欲深かったのか)  あたしの異常な熱量が、伝わったのだろうか。  爽希さんは何度も目を瞬かせ、どう答えていいのか、ためらっているようだった。 「兄さん」  雲雀さんが、横に立つ志麻さんの手を握りながら言った。 「あたしは、棗さんを信用したい。……それに結局、うちの秘密を知られた以上、このまま放り出すわけにもいかないでしょ」  あたしはこの時ほど、雲雀さんたちが『正義の人』じゃなかったことに、胸をなでおろしたことはない。  あたしの罪も、だから、見逃してもらえる。  やり直す機会を、与えてもらえる。  そう。  螺旋邸に、清廉潔白な善人はいない。  そのことに、感謝する。
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