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だって……。
(もう、嫌だ)
思い出したのは、町工場の経営者一家とのこと。
(もう、『家族』を失うのは、嫌だ)
そうだ。
あたしは今、自分が一番欲しかったものがなんなのか、はっきりとわかった。
疑似でもいい。
血をわけあってなくてもいい。
ただ、『家族』と呼べるもの。
それがずっと、欲しかったんだ。
それを手に入れたかもしれない、と思ったのに、あっというまに指のあいだ零れ落ちていった、あの感覚。
あれをもう二度と、味わいたくなかった。
(それぐらいなら、いくらでもしがみついてやる)
そう。
善意、じゃない。
あたしはあたしの身勝手で、この家に関わろうとしているだけだった。
「気にしません。爽希さんが償いを終えるまで、雲雀さんたちと一緒に、待っていられます」
この家の人たちが好きなのも、たしかではある。
でもそれにはいつしか、執着のようなものが混じってきていたんだろう。
それを、今、感じている。
(ああ、あたしって、こんなに欲深かったのか)
あたしの異常な熱量が、伝わったのだろうか。
爽希さんは何度も目を瞬かせ、どう答えていいのか、ためらっているようだった。
「兄さん」
雲雀さんが、横に立つ志麻さんの手を握りながら言った。
「あたしは、棗さんを信用したい。……それに結局、うちの秘密を知られた以上、このまま放り出すわけにもいかないでしょ」
あたしはこの時ほど、雲雀さんたちが『正義の人』じゃなかったことに、胸をなでおろしたことはない。
あたしの罪も、だから、見逃してもらえる。
やり直す機会を、与えてもらえる。
そう。
螺旋邸に、清廉潔白な善人はいない。
そのことに、感謝する。
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