5. 新天地

4/8
前へ
/189ページ
次へ
 なにしろこれからお世話になる、職場の先輩だ。相手からは大げさに思われるかもしれないが、きちんとするのが礼儀というものだろう。 「まあ、堅苦しい挨拶はこのくらいにしましょうか。お昼は?」 「あの……。まだです」 (そう言えば、食べるの忘れてた)  家を出るまで忘れものがないか何度も確認しているうちに時間がきてしまったし、途中でなにか買いたいと申し出るのも、緊張のせいかすっかり忘れていた。 「あらら。簡単なものでいいなら、用意できるけど。それでいい?」 「そんな。お手数でしょうから、なにか買いに行きます」 「まあまあ。今日のところは疲れてるでしょ。遠慮しないで」  土谷さんはそう言いながら、よいしょ、と荷物を抱えあげ、そのまま先に立って勝手口を入っていく。 「ありがとうございます。それじゃ、お言葉に甘えます」  その背中に急いでついて行きながら、荷物を受け取ろうとしたが土谷さんはそのまま、すたすたと家のなかに入ってしまった。 「まあまあ、そんな杓子定規にならずに、さあ、入って、入って」  荷物を降ろして、手招きしている。  なんだか気さくそうな人だ。ちょっと安心した。
/189ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加