8. 胡乱な人

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 結局その日は、あたしが本邸に行くことはなかった。  爽希さんは外でビジネスディナーだと連絡があっただとかで、雲雀さんは自室で食事、土谷さんが運んでいって終わりということになったからだ。  あたしは土谷さんと、お昼を食べたのと同じ、キッチンのテーブルで、夕食を取ることになった。  どっちにしろ、あたしの契約では就業時間は九時から六時なので、その頃には時間外、本邸にいる必要のない頃ではある。 (なんだか、難しそうな家だなあ)  今日一日の不毛っぷりを考えると、食欲も失せる気がした。  でも、そんなのは一瞬だった。  食卓につき、いざ目の前に並んだものを見たら、がぜん気分があがった。  タラの芽とフキノトウの天ぷら。  鰆の煮つけに、ルッコラとアスパラガスのサラダ。  そしてあさりのみそ汁に、あおさとホタルイカの酢味噌和え。  そして極めつけは生のやつを使った筍ごはんだ。  いわゆる『旬の食材をふんだんに使い、手間暇かけて作った家庭料理』だ。  話に聞いたことはあるけど、実物を見るのは初めてだ。  感激するしかない。  しかも、味付けも盛り付けも絶品で、さすが、プロの家政婦さんだけある。  筍ごはんなんて、おかわりまでしてしまった。 「若い人はいいわね。そんなにおいしそうに食べてくれると、作り甲斐あるわあ」  土谷さんは笑う。 「雲雀ちゃんも、それくらい食べてくれればいいんだけど……」 (うっ……)  あたしは思わず、箸を止めた。 (雇い主より食欲旺盛っての、あんまりよくないのかな……)
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