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部屋に戻ると、上のキッチンからは、もう物音がし始めていた。
買ってきたものを部屋に置き、あたしは階段をあがって、キッチンに顔を出した。
「おはようございます」
ガス台に向かってる背中に声をかける。
ホームベーカリーの機械からは、パンの焼き上がる、いい匂いが漂ってきている。
「あら、おはよう。早いのね」
「志麻さんこそ」
「まあ、それが仕事だから」
笑いながら、フライパンのオムレツをひっくり返した。
まあ実際、あたしより志麻さんのほうが、仕事の拘束時間は断然長い契約になってるのだろう。
ただ、こういう、住まいと職場が同じだと、どこまではっきり勤務時間を区切るのか難しそうではある。
そういう意味では、別棟にしてくれているのは、区切りをある程度つけられるので、いい待遇といえるのかもしれなかった。
「手伝います」
「いいのよ。職務外でしょ」
「でもやりたいんです」
「あら、そう。助かるわ。じゃあ、そこに置いてあるお皿、広げてくれる」
「はい」
(もしも)
(もしもお母さんが、あたしがこの歳になるまで生きていてくれたら)
(こんなふうに、お手伝いをする日が来たのかな)
そんな、考えてもしかたのないことが急に頭に浮かんできて、あたしはあわてて思考を止めた。
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