10. 散歩という口実

5/5
前へ
/189ページ
次へ
「兄さんはその頃アメリカに長期留学してたんだけど、その時はなにかの手続きが必要だとかで、珍しく帰ってきてたのよね。あんまり小さい女の子の相手なんて慣れてないから、四苦八苦してたのがおかしかった」 (ああ、そうなんだ) (歳もかなり離れてるうえに、小さい頃はあんまり一緒にいなかったのかあ)  だから、血のつながった兄妹でも、どこか他人行儀な態度になっちゃうんだろうか。 「お花が好きなんですね」 「どうかなあ。子供のころの話だし。あなたは?」 「私ですか? お花、うーん……」  正直、あまり詳しくはない。 (あ、でも)  思い出したことがあった。 「施設の裏手に崖があって、よくそこをみんなでよじ登ったりしてたんですけど……。そこにある時、一輪だけ藤の花が咲いてて。みんな見とれて、挙げ句、誰も採っちゃいけない、って協定を結びましたね。普段は暴れん坊な連中だったんで、妙に微笑ましかったの覚えてます」  懐かしいなあ。  おもちゃを買う予算なんてほとんどまともになかったから、あたしたちはいつも外で遊んでた。  あの連中も十八歳を迎えると次々に施設を出ていって、今でも連絡先がわかってる相手なんて、数える程度しかいない。 「施設?」  雲雀さんは怪訝そうだ。 「あれ? ご存じじゃなかったですか? 私、施設で育ったんです。天涯孤独の身なんで」 「そうなんだ……」 「だから、羨ましいですよ。あんな立派なお兄さんがいるなんて」 「ふん」  雲雀さんは鼻先で笑う。 「どうしたんですか」 「その立派な兄さんはね、あたしの扱いに困ってるの」  あれ?  なんだか色々と、溜まってるみたい? (ああ、そうか)  なんだか色々ぶちまけたいことがあって、わざわざ散歩を口実に家から出ることにしたんだ。  
/189ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加