13. 境界のどちら

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 混乱するあたしを見て、雲雀さんはフッと、皮肉な笑みを浮かべた。  そしてそのままなにも言わず、車いすの向きを変えると、自分の部屋へと戻って行ってしまった。  そのあいだ、あたしはろくに身動きも取れなかった。  それくらい、戸惑ってた。 「大丈夫?」  そんなあたしを気遣って、志麻さんが声をかけてくれる。  その声に気が緩み、あたしはつい、訊いてしまった。 「人が、死んだ、って……?」 「あたしも当時はまだ勤めてなかったから、詳しいことは知らないの。でも、螺旋階段から落ちたって。事故ね」 「螺旋階段……」  まあたしかに、家のなかで起こる事故で、階段からの転落の割合が高いって聞いたことはある。けっこう死んだりすることも多い、と。 「だからあんまり、近づかないように、とは言われてるのよね。慣れてる人間じゃないと、ちょっと危ないからって。掃除もご自分でなさるから、って」  そこまで言って、志麻さんはいったん黙った。  それから、ちょっときつめの声音で、ぼそりと言った。 「どっちにしろ、あんまり話題にあげることじゃないし、このくらいにしましょ」 「そう、ですね……」  たしかに、これ以上あまり突っ込んだことを訊いても、不審に思われかねない。  それに、当時のことを知らない志麻さんに、多くの情報があるとも思えなかった。 「ちょっと、雲雀さんに声かけてきます」  あたしは話を切り上げ、二階に上がった。  ノックをしたけど返事の声だけで、夕食までは用事がないという。  それで、あたしは隣の待機部屋ではなく、自分の部屋にいったん戻ることにした。  なんていうのか、あまり人の気配を感じないほうが、雲雀さんが安心できるような気がしたからだ。  平静を装ってはいたけど、芙蓉さんという女性の来訪に、心が刺々しくなっているのは、傍目から見てもよくわかった。
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