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「あの女は、僕たちを恨んでいるんです。息子が、この家で死んだから。……いや」
爽希さんは遠い目になる。
「違いますね。もっと、前からだ。母を押しのけて正妻に収まったのに、父が母を愛することをやめなかったから」
(おぉ……、なんだかややこしい話になってきたぞ)
正直、そんな因習めいた話がこの家に絡んでいるのは、不思議な気がした。
そういうどろどろしたものは、もっとこう、古めかしい造りのお屋敷に住む人たちのあいだで起きることだという、勝手な思い込みがあった。
「でも、あの、亡くなったって、どうして……」
あたしはつい、訊いてしまった。
だって聞き流すには、あまりにも大きな出来事だろう。
「事故です。そこの、螺旋階段から落ちて……」
「えっ」
(まさか、今通ってきたばかりの場所が、現場だったなんて)
あたしが黙ったままでいると、爽希さんが言葉を続けた。
「雲雀が中学を卒業した頃でした。当時の家政婦が手引きして、芙蓉さんの息子を、家の中に入れたんです。そしてその時家にいた雲雀を脅してこの家の権利書を手に入れようとした」
(うーん、えらい直接的な人だったんだな)
そういうことをするのに躊躇いがない人は、たしかにいるんだろう。品性がない感じは、芙蓉さんに通じる気もする。
「拒否した雲雀と揉み合っているうちに、手すりを越えてしまって、ふたり一緒に落ちました。雲雀があんな身体になったのは、その時の怪我が原因なんです」
「そんな……」
でも、そんなことなら、一方的に『人殺し』呼ばわりされるのは、なんだか理不尽な気がする。
「僕は連絡を受けて、急いで社から戻りました。でも、間に合わなかった。あの時、僕がもう少し早く帰ってこられてさえいれば、今頃、雲雀は……」
爽希さんは、なぜか顔を顰める。
いや、違う。
たぶん泣きそうになってるんだろうけど、そんな風に見える表情しかできないんだ。
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