痛ってぇ

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痛ってぇ

ミーン ミーン ミーン 鳴り止まない蝉の鳴き声…… グラスの中の氷が『カラン……』 と音を立て溶けてゆく。 開いた編集室の窓からは、生ぬるい風が 入ってくる。 パタパタと扇子を仰ぎながら編集長が 里子に聞いた。 「原稿は間に合ったのか?」 「はい。なんとか書き上げていただきました」 と返事をする里子。 「その作品も一段落したのなら、『この作品』  担当してくれないか?短編小説だ。  作者は、まだ若く無名なんだが、  繊細な表現が何ともね」  と編集長は数センチの厚さのある原稿用紙の束を里子に渡した。 「『朝露の君…… 石上徹』」  原稿用紙の一番上に万年筆で書いたと  思われる小説の題名と作者の名前の  文字を見て呟く里子。 「実は、今日、ここに来るように  彼に伝えてるんだよ、もうそろそろ  来る頃じゃないかな?」と編集長は  室内の壁に掛けられた丸い時計を見上げた。 時計の針は午後二時半を指していた。 「そうですか。わかりました、  じゃあ、私 それまで備品庫にいます」 と言うと里子は編集室から出て行こうと 出入り口のドアノブを回し、 勢いよくドアを開けた。 勢いよく開かれたドア…… 「うわっ……」と声が聞こえると すぐに、『ドン』と大きな音がした。 「痛って~」 その音と声に驚いた里子が ドアの向こうを見ると廊下に尻もちをついて 座り込んでいる男性の姿。 里子は慌てて、その男性の隣にしゃがみ込むと 「すみません、大丈夫ですか?  私、ドアの外に人がいるって思わなくて」  と彼に言った。 しゃがみ込んだままの男性、 「大丈夫ですよ。ちょっとビックリした だけです」 と言い彼は立ち上がるとズボンの  お尻を払った。 彼女の前に立ちあがった男性の姿を見上げる 里子。 ぼさぼさ髪にヨレヨレのジャージ姿の男性。 その様子を部屋の中から目撃していた編集長が ふたりの元に歩み寄ると、 「やあ、石上君、お待ちしていましたよ」 と言うと男性も、 「上戸編集長 遅くなりました」   と返事をした。 里子の顔を見た編集長がニコッと微笑むと、 「山辺さん、この方が 今度君に  担当してもらう石上徹先生だ」 と言って目の前の男性を紹介した。 編集長の言葉に驚いた里子は、 「石上先生……その、大変なご無礼を、  申し訳ありませんでした」 と深々と頭を下げる。 「こちらこそ、俺が慌ててドアを  開けようとしてから」  と言うと彼も頭を下げた。 編集部前の廊下でペコペコと頭を 下げ合うふたり。 蝉の鳴き声が鳴りやまない暑い夏の日、 これが、里子と石上の出会いだった。
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