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先生の書斎
翌朝十時、里子は石上の自宅前に立っていた。
石上の家は、住宅街から離れた小高い丘の上に
建っていた。
周りを木々に囲まれた木造平屋の家、
玄関の横の呼び鈴を押すと、家の中から
「はい……どうぞ空いてますよ」
と石上の声がした。
里子が玄関の引き戸を開け、中に入ると
ボサボサ髪でヨレヨレのジャージを着た石上が
奥から歩いて来た。
「石上先生、おはようございます」
と里子が声をかけると、優しく微笑んだ石上が
「山辺さん、おはようございます
よろしくお願いしますね。
暑かったでしょう? 一先ず上がって
ください」
と里子を一番奥の部屋に案内した。
案内された部屋の中を見渡した里子が
「うぁ、素敵な部屋」と思わず声を漏らす。
部屋の正面には大きな窓、
窓を覆う白いカーテン、
窓からは緑の芝生と遠くには海が見えた。
窓の前に置かれた大きな木製の机、
机の上には原稿用紙と使い込まれた
万年筆とペン、
壁の両端には天井までの高さがある
本棚に沢山の本が収納されていた。
部屋のドア付近に置いてある、
深緑色の古びたソファー
「その辺に座っていてください」
石上が里子にそう伝えると、部屋から
出て行った。
「先生の書斎凄いな……」と言うと里子は
再度、キョロキョロと部屋中を見渡した。
石上の足音が廊下を伝い聞こえてくると、
里子はソファーに座った。
グラスに入った麦茶を運んで来る石上、
「洒落た飲み物もなくてすみません。
麦茶ですけど、どうぞ……」石上が
ソファーに座る里子にグラスを手渡した。
「ありがとうございます」と言うと里子は
手渡されたグラスに注がれた麦茶を飲み
干した。
「あ~美味しかった。ありがとうございます」
と空のグラスを石上に渡す里子。
渡された空のグラスを見た石上が
「暑い中、ご足労おかけします」
とすまなさそうに言った。
「いいえ、先生……お気になさらず、
仕事ですから。
それより、先生この書斎、凄いです。
まるで、大御所の先生みたいなお部屋、
あ……失礼しました」
と口ごもる里子に石上が優しく語る。
「この家は、亡くなった祖父母の家なんです
僕の実家は街中にあるのですが、
僕は、幼い頃から本が沢山ある
この書斎が大好きだったんですよ。
遊びに来ると、いつも山辺さんが座っている
そのソファーで一日中、本を読んでいた。
この本棚にある本は、学者だった
祖父のものです。
僕は、この家が好きなので、両親に頼んで
この家を管理する目的で住まわせて
もらっているんですよ」
「この沢山の本はお爺様のもの。
そうだったんですね。納得しました」
里子がクスッと笑った。
「どうかしましたか?」
と不思議そうな顔をする石上。
「だって、先生のそのボサボサ髪に
ヨレヨレのジャージ姿と、この書斎が
どうしても結びつかなかったので、
先生の話を聞いて納得しました」
と里子は微笑みながら石上に言った。
「う~ん、それは……
そう言われても仕方ないな」
と頭を掻きながら話す石上。
夏の風が部屋の中に吹き込むと
窓辺の白いカーテンがひらひらとなびく。
「それでは、先生、始めましょうか」
と里子が鞄から原稿の束を取り出した。
「はい……それでは、よろしくお願いします」
と石上が微笑んだ。
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