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2 はげましねこ
元日は結局、部屋から一歩も出なかった。朝にコンビニで買い溜めた食料品で食事を済ませ、スマートフォンを見ながら夜まで過ごしたのだ。
二日の朝、春姫は布団から起き上がりながら口を動かした。
「ショッピングセンターかぁ」
耳から入ってきた自分の声に驚き、覚醒する。
――え、なんで。
春姫は右手を見つめた。昨日もらったチラシの感触と、美人なお姉さんと、うさんくさいお兄さんの笑顔を思い出す。
――行って、みる?
チラシを渡された理由に興味がないと言えば嘘になる。それに、夏木は「この子には『ねこ』が必要だと思って」と言っていた。あれはどういう意味だったのだろう。
そういえば、昨日は一度もテレビをつけなかった。新年だというのに、去年までと全く同じ日常を過ごしてしまっている。
「買い物に出かけたら、正月気分を味わえるかも」
外に出る言い訳を探し始めた自分に気づき、春姫は覚悟を決めた。
クローゼットから桜色のワンピースを引っ張り出す。働いていた頃、初任給で買ったお気に入りの洋服だった。会社に行かなくなってからほとんど使っていなかった化粧品とコンタクトレンズを、こたつテーブルの上に並べてみる。
それらを眺めながらなぜか脳裏に浮かぶのは、「ふれっふれっやなぎさわ、がんばれがんばれやなぎさわ、わー!」という「ねこ」の抑揚のない声だった。春姫の口元がほころぶ。コンパクト容器の鏡越しに自分と目が合って、驚いた。
――私、まだ笑えたんだ。
久々に味わった感情に少し戸惑いながら、春姫は身支度を整え始めた。
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