11 さぽーとねこ

7/9
前へ
/104ページ
次へ
「あっという間だったわね」 「明日から休みなんて信じられないよ」  十二月二十八日、押村と夏木と共に事務所の掃除をしていた時だった。 「ちょっといいかな」  定時の三十分前に新山から呼び出され、会議室1に二人で入った。 「一年間お疲れ様。どうだったかな?」  長机に向き合うように腰を落ち着かせたところで、新山が言う。春姫は笑顔を作った。 「社長を含め、優しい皆様に支えていただいて、なんとかやってこられました。ありがとうございました」  頭を下げる。 「謙遜しなくていい。柳沢さんは十分頑張ってるよ。仕事は楽しい?」  新山の目をまっすぐ見て答えた。 「はい。大変なことや落ち込むこともありますが、『ねこ』は可愛いですし、素敵な先輩方に囲まれてやりがいを感じています」  新山がふわりと笑った。 「それは何よりだ」  新山は真面目な顔つきに戻り、机の上で手を組んだ。咳払いをしてから話を続ける。 「ここからが本題なんだが、柳沢さんさえ良ければ、四月から正社員として働きませんか? 売り上げが増えてきたし、正社員一人分の給料を払える目処が立ったんだ」  春姫は目を見開いた。 「……いいんですか?」 「もちろん。柳沢さんは努力家だし、前向きに頑張る力もあるし。君を『給料泥棒』って言った前の会社の上司は見る目がないね。こんなにシロネコに貢献してくれてるんだからさ」 「ありがとうございます」  にじみそうになる涙を、息を止めて押し殺した。 「その返事は、オッケーと捉えて良い?」  新山が口角を上げて右手を差し出してきた。 「はい、もちろんです。これからもここで働かせてください!」  春姫がその手をしっかり握る。 「これはお節介かもしれないんだけどさ、親御さんとは連絡とってる?」  新山からの不意打ちに、春姫は思わず手を離してしまった。それで察したらしい新山が、笑顔のまま首を傾げた。 「親御さんにもちゃんと報告しておいた方がいいよ」 「……はい」  春姫は俯き、太ももの上で両手を握った。緊張と高揚が春姫の体を満たしていた。
/104ページ

最初のコメントを投稿しよう!

27人が本棚に入れています
本棚に追加