27人が本棚に入れています
本棚に追加
最寄のバス停から市内循環バスに乗り、ショッピングセンターにたどり着いたのは十一時半頃だった。バスの車内もショッピングセンターの駐車場も混み合っていて、おしゃれしてきて良かった、と春姫は思う。
センターコートがどこなのか分からず、迷うかと思われたが、バスから降りて一番近い自動ドアから入ってまっすぐ進むと、少し開けた場所に白い「ねこ」がぬっと立っているのが見えた。今日は赤いハチマキをしていないようだ。夏木や押村の姿は見えないが、きっとあそこだ。見つけられて良かった。春姫は安堵しながら近づく。
母子らしきふたりが、春姫の目の前を歩いていた。女性と手を繋いだ幼稚園児くらいの小さな男の子が、不意に「ねこ」を指差して立ち止まった。
「ロボットだ。かわいい」
「そうだね、かわいいね」
女性が男の子に微笑みかけると、「ねこ」がムッとしたように見える表情で言った。
「ねこはねこです。ろぼっとじゃありません」
「へんなのー」
男の子がケタケタ笑う。女性は困ったような顔をして「ねこ」と男の子を交互に見つめている。
「こんにちは。その子、かわいくない? 俺がデザインしたんだよー」
「ねこ」の後ろの方から声がして、スーツ姿の男性が近づいてくる。左手に春姫が昨日もらったチラシを持ち、顔には笑みを貼り付けている。夏木だった。
「かわいいよ。へんだけど」
男の子が胸を張って答える。
「えー。どこが変だと思った?」
「うんとね、じぶんのことを『ねこ』っていうとことね、あとね――」
「あ、ごめんなさい。急いでいますので。ほら、行くよ」
女性が繋いだ手に力を込め、男の子を強引に夏木から引き離した。そんな女性の行動からは「営業に違いないから早く立ち去りたい」という気持ちが透けて見えた。
「分かりました。また機会があればぜひ!」
明るく言いながら夏木が親子の背中を見送る。
「がんばれー」
唐突に「ねこ」が喋り、春姫は小さく吹き出してしまった。
――夏木さん、ロボットに応援されてる。
春姫の小さな笑い声が聞こえたのか、「ねこ」がまっすぐにこちらに近づいてくる。正対する形になり、目が合うとお辞儀された。
最初のコメントを投稿しよう!