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「こっちどうぞ。椅子あるから座ってよ」
手招きされて近づいていくと、通路の端に長机が二台、L字型に設置され、その長辺の両側に一脚ずつパイプ椅子が置かれていた。
夏木が机を回り込んで内側に座り、向かい側の椅子を差し示した。春姫が椅子を引いて腰掛けようとした時。
「今日はメガネじゃないんだね。そのピンクのワンピースも似合ってる」
弾かれるように顔を上げると、夏木は満面の笑みを浮かべていた。
「調子いいですね」
春姫が低い声で答える。
――この人、顔は普通なのに、モテる男の余裕が出てる。絶対チャラい。
「えー。俺嘘つけないから、ほんとのことしか言わないんだけどなぁ」
そんな戯れ言をにこにこしながら言ってくるから、春姫は体がこわばってきた。からかわれていることは分かっている。自分には、会ったばかりの人から好かれるような魅力がないのは知っているから。それなのに、ドキドキしてしまっている自分が情けなかった。
春姫は、夏木に気づかれない程度に細く息を吐き出してからパイプ椅子に座った。首をぐるりと回して周囲の様子をうかがう。押村が遠くの方でチラシを配っているのが見えた。「ねこ」は通りすがりの女の子に抱きつかれて、「意外とかたい。お父さん、これ人間が入ってない!」と言われていた。
夏木に視線を戻すと、「何か聞きたいことでもある?」と言うように小さく首を傾げられた。
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