2 はげましねこ

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「何の話?」  夏木がきょとんとした表情で春姫を見る。 「いえ。なんでもないです」 「そう。それならいいけど。一応これが契約書。書きたくない時は書かなくてもいいよ。断ってくれても怒んないから」  夏木がクリップボードの隙間から、A4の紙を抜き出して、先ほど説明に使っていたボールペンをその上に置いた。春姫はそのペンをじっと見つめる。  なんだ、さっき私がぽろっと言ってしまった言葉の意味、分かってたんじゃんと思う。  正直に言えば、「ねこ」に興味がないわけじゃない。三千円だって出せなくはない。 「ねこは『はげましねこ』なので、あなたをはげますのがおしごとです。がんばってください。みなさんがんばってます。えらい」  「ねこ」の声がする。再び資料を見る。「あなたをお助けします」。どうやって助けてもらえるのだろう。  春姫はボールペンを手に取った。 「契約します」 「本当? ありがとう。じゃあ、名前と生年月日と住所、それから電話番号を書いてくれる?」  夏木がまぶしいくらいの笑顔を浮かべ、契約書を指し示した。  見られていると緊張する。震えそうになる手を力でおさえながら、「柳沢(ヤナギサワ)春姫(ハルキ)」と書いた。  反対側から見ていた夏木が呟くように言った。 「春の姫って書くんだね。かわいい」 「名前だけはかわいいんです。見ての通り、私って全然『姫』って感じじゃないから、恥ずかしいんですけど」  春姫は俯く。 「そうかな。春姫ちゃんかわいいと思うけどな」  ドキッとさせられて、ボールペンを持つ手にますます力が入った。からかわれているだけ、からかわれているだけ、からかわれているだけ……。
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