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「それはおいおい考えるとして、とりあえず『ねこ』を使ってみて感想教えてよ。そうだな、明日の午前十一時からの一時間でどう?」
「それでいいです」
夏木のペースに乗せられ、俯いているうちに日時が決まってしまった。でも、それでいいと思う。自分みたいな暇人が、予約時間を選んでいいわけがない。働いている人たちが優先されるべきだから。
「初回は『せつめいねこ』が行くから、その子から詳しいことは聞いてね。あと、俺のおすすめは『ごはんねこ』だけど、作ってほしい物の食材は予め買っておいて。そうしないとタイムロスになるからさ」
「分かりました」
夏木の説明の中に聞き慣れない単語が入っていたせいで、半分くらい聞き流してしまった。まあ、明日も最初に説明してもらえるようだし大丈夫か、と軽い気持ちで受け止める。
「これ、契約書の控えね。じゃあ、またねー」
夏木が立ち上がるので、春姫も席を立った。控えを鞄にしまい、お辞儀する。
――「ねこ」の感想聞かせてよ、は社交辞令に違いない。この人にまた会うことなどあるのだろうか。
夏木が手を振って送り出してくれた。少し歩いて、「ねこ」の隣を通ると、無表情でこちらを見て手を振ってくる。
「やなぎさわさん。がんばれー」
律儀に名前を呼んでくれるのが少しおかしくて、春姫は笑顔になった。
「ありがとう。はげましねこさん」
「はい。ねこは『はげましねこ』です」
目と口の位置は一ミリも変わらないのに、喜んで見えるのは春姫が勝手に投影しているだけなのだろうか。
春姫は「ねこ」に小さく手を振ってから、センターコートを後にした。来た時よりもなぜだか気が晴れて、食材と一緒にドーナツでも買って帰ろうかなという気持ちが芽生えていた。
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