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相変わらずテレビからは正月らしい音楽が流れてくる。寝そべったままリモコンを手探りでさがし、画面を見ずに電源ボタンを押した。
あっという間に部屋は静寂に包まれる。
ぱたん。
さっき締めたはずの蛇口からまた水が落ちたみたいだ。
春姫は静かにため息をついた。
おめでとうと誰からも言われず、言う相手もいない。そんな正月は二十三年間生きてきて初めてだった。
床は固い。一人暮らし用のこたつは小さく、気を抜くと足がはみ出る。だけどこのまま寝てしまおうと春姫は思った。風邪をひくかもという考えが浮かんだが、どうせずっと休みなのだから大丈夫と思い直す。風邪をひいて寝込んだとしても、誰かに迷惑をかけることはない。
ぱたん。
こたつから電灯のスイッチまでは遠い。春姫はもぞもぞと横向きになって、こたつ布団で目をふさいだ。これで眩しくない。視覚が遮断された分、聴覚が鋭敏になった。エアコンの風の音が聞こえる。車の走行音が聞こえる。
ぱたん。
いつもは隣の部屋から聞こえる生活音が、今日はしない。
ぱたん。
もしかしてこのアパートにいるのは自分だけかもしれない。
ぱたん。
春姫は、うーと唸ると、こたつから飛び起きた。小走りでシンクに行き、蛇口をこれでもかというほどきつく締める。数秒その場に立ち、もう水が落ちてこないのを確認すると、立ったついでに部屋に戻り、テーブルの上の空容器をゴミ袋に入れた。スマートフォンを充電器に繋いで、風呂の支度をする。
――何もおめでたくなんかない。いつも通りの一日だ。
春姫は身震いをした。こたつはあたたかいが、エアコンの暖房は寒い。早くシャワーを浴びて布団で寝よう。春姫にとって「いつも通り」の夜が更けていく。
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