1 おうえんねこ

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「な、なんで私の名前……」  春姫は震える声で答え、胸元のショルダーバッグのひもを強く握りしめる。 「さっき、うちの会社の商品に教えてたでしょ?」 「商品?」  言葉の意味が飲み込めず、思わず振り返ってしまった。  紺のスーツと赤いネクタイ、灰色のトレンチコートが見えた。少しずつ顔を上げて行くと、男性が爽やかな笑みを浮かべていた。短い黒髪をワックスで立たせている。「毛先を遊ばせる」という言葉が脳裏に浮かび、「遊び」という字が軽そうなこの人には似合っているかもと失礼なことを考えてしまった。 「あの『ねこ』さ、俺がデザインしたんだ。いいでしょ」  男性が笑みを深くした。爽やかすぎて、だんだんとうさんくさく見えてくる。春姫は、はあと曖昧に笑いながら後ずさりした。  ――なんだろう、新手のナンパかな。 「何してんの!」  女性の大きな声が聞こえ、春姫は辺りを見回した。コンビニの方から両手にコーヒーを持った女性が走ってくる。おそらくあの人が声を発したのだろう。茶髪のショートヘアーが快活な雰囲気をかもしだしていた。こちらもスーツを着用している。黒いタイトスカートの下からは、黒ストッキングをはいた脚がすらりと伸びていた。女性が脚を動かすたびに、ブラウンのコートがはためく。手も脚も細くて長いのに、顔は小さくて、まるでモデルのようだと春姫は思った。  ほどなくして女性がロボットと男性の前に立った。結構なスピードだったように見えたのに、女性の息は全く切れていない。横から見ていて分かったが、女性は男性よりも背が高かった。
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