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女性が両手を腰に当て、男性を上からにらみつける。
「夏木、勝手に『ねこ』外に出さないでよ。声がコンビニ内にも響いてたわ。近所迷惑よ!」
「わりぃわりぃ。でも、そんな風に怒ってる押村だって近所迷惑だぞ」
夏木と呼ばれた男性が、右手で頭を掻きながらへにゃっと笑った。
「それに、この子には『ねこ』が必要そうだと思ったから、つい」
夏木に親指でさされる。初めて存在に気づいたように、女性――押村の視線が春姫に向く。上から下まで眺められ、なんだか値踏みされているようで落ち着かない。
――今、部屋着というか寝巻きで出かけちゃってるんだった。
急に羞恥心が沸き起こってきて、春姫はほとんど食い込んでいない胸元のひもを握りしめて俯いた。押村の声が聞こえる。
「へえ。それで、どうだった?」
沈黙が降りてしばらく経ってから、春姫はようやく自分に向けられた質問なのだと理解した。
「何が、ですか」
無理やり顔を上げ、声を絞り出した。
「『おうえんねこ』。応援されてみてどうだった?」
押村が笑顔で首を傾げた。おうえんねこ? 白いロボットのことだろうか。夏木の傍らに立ち、何も音を発しなくなった「ねこ」をちらりと見る。
「よく、分かりませんでした。突然のことで戸惑いました。恥ずかしかったです」
「やっぱりそうよね」
にこりと微笑む赤い唇が扇状的だ。
「ほら、あたしが言った通り全然だめじゃない。だから『おいわいねこ』にしようって言ったのに」
「えー。新年はお祝いモードにあふれてるじゃん。そこでまた祝ったってなんの特別感もないだろ」
「あら大変、もうこんな時間。遅れちゃうわ。初日から遅刻するのは信用問題にかかわる」
押村は腕時計を見ると、本当に慌てた様子できびすを返した。押村は灰色のバンに近づいていく。車体が長く、荷物をたくさん積めそうだ、と春姫は思った。早足で歩く押村の後ろを、無表情の「ねこ」がとことこ追いかける。
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