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「おい、今話そらしたろ」
夏木が押村の背中に向けて言った。
「そんなことより早く来なさい。遅刻して仕事が飛んだら夏木のせいだからね!」
押村が運転席に乗り込みながら声を張り上げる。「ねこ」は自分で後部座席のスライドドアを開け、スライディングのような格好でシートに乗ったあと、もぞもぞと動き、座った状態でバンの後ろにおさまった。器用にも自分でドアを閉めている。通行人がちらちらとその様子を見守っていた。
「ごめん、一分待って」
夏木が押村に返してから、春姫に向き直った。足を動かし、距離を詰めてくる。春姫は思わず肩を震わせた。
「そんな拒否らなくてもいいじゃん。傷つくわー」
言葉とは裏腹にのほほんとした顔で、夏木はコートの右ポケットをまさぐった。
「お、あったあった。どうぞ」
くしゃくしゃの紙を差し出してくる。春姫は無言で受け取り、しわを伸ばしてみた。
A4サイズのチラシだった。中央に大きく白い猫の絵が書いてある。先ほど見たロボットをディフォルメしてキャラクター化してあるが、その顔はやはり正円の目とへの字の口であり、表情から感情が何も読み取れないようになっていた。
「それ、今日から三日間やるから」
夏木の声を聞き、春姫は目を動かして情報を探した。「三が日は『ねこ』と触れ合おう」というイベント名らしきものがキャラクターの上に書いてあった。一月一日から一月三日まで、市内のショッピングセンターにて「ねこ」の出張体験を行うようだった。日付と場所の情報の近くには、「午前十一時から午後六時まで、一階センターコートにて『ねこ』が皆さんをお出迎え!」と補足が加えられている。
チラシの右側には吹き出しがあり、「AI搭載猫型ロボットが『猫の手』となり、あなたをお助けします。※当日契約していただくと、特別価格であなたのお宅に伺います(一回一時間、三回分)」と白い猫が喋らされている。
あなたをお助けします、という部分に春姫は首を傾げる。先ほどは一方的に応援されたが、全然助けられた感じはしなかった。
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