9 ねこはろぼっとではありません

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 退勤時、夏木とエレベーターが一緒になる。 「やっほー、春姫ちゃん。お疲れ! 今日は『ねこ』のメンテナンスだっけ? 変わったことはあった?」  夏木が一階ボタンを押しながら尋ねてきた。春姫は少しためらってから答えた。 「たたかれたと言う『ねこ』が帰ってきました。へこみと傷がありました」  一瞬間があったあと、 「ああ、たまにロボットだから雑に扱ってもいいと思っている客がいるんだよ、ひどいよね」  夏木が後頭部に手をやった。 「こんなことする人いるんですね」 「ああ。弱いものにしか強く出られないようなやつがいるんだよ。本気出したらねこの方が強いのにな。それが分かってない」  夏木が口角を上げたまま俯き加減になった。いつもより声にハリがないように感じる。  「ねこ」が言っていた「かなしいかお」とは、これのことかもしれない、と春姫は納得する。それと同時に、「ロボットだから」と軽んじていた部分が自分にもあることに気づいた。  初めて「ねこ」を利用した三日間、面倒くさい、役に立たない、という言葉をぶつけても、「ロボットだから平気だろう」と思っていた節があった。数ヶ月間「ねこ」と一緒に過ごしてきて、「ねこ」も本人なりにいろいろと考えて行動していることが分かった。軽い気持ちで「ねこ」に向かって言葉を発してしまっていた過去の自分を悔やんだ。 「春姫ちゃん、その顔。どうしたの?」  夏木に言われ、驚いた。泣いていたのだ。 「仕事をしただけなのに、こんな目にあうなんて、かわいそうで……」  手の甲で涙を拭う。 「『ねこ』を大切に扱ってくれてありがとう」  夏木が微笑んだ。  最初使った時は腹が立って仕方なかった「ねこ」に対して愛情が芽生えていることに気づいて、春姫は嬉しくなった。  ――こんな私でも、扱っている商品を誇りに思えるようになったんだ。これでやっと、夏木さんたちと同じラインに並べた気がする。  なんの根拠もないけれど、次の営業では契約が取れるような気がした。
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